今関天彭
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- 出生から修学期
1882年、千葉県に生まれた。漢学者・今関琴美を祖父に持ち、読書を好んだ[1]。父・今関富徳も漢学を修めて漢学塾を継いでいたが、放蕩のため立ち行かなくなり、塾をたたんで東京中野に移り住んだ。天彭も父に従って東京中野に移って少年時代を過ごした。その後、石川鴻斎、森槐南らに師事した。
- 記者時代
1910年、『国民新聞』の記者となった。翌1911年に『国民雑誌』の記者に転じた。
- 朝鮮半島に渡る
1916年、朝鮮総督府嘱託として朝鮮半島に赴任した。しかし漢学者であり中国問題に関心があったため、翌1918年に北平(現・北京市)に出た。中国の学者や要人と交際し、中国事情の研究ために今関研究室を設立した(後に「今関中国文化研究所」)。1942年、重光葵駐華大使顧問をつとめた。
家族・親族
- 祖父:今関徳甫、漢学者琴美(きんび)。山陽琴美とも名乗った。
- 父:今関富徳も漢学者。
- 弟:今関和雄