任覚 From Wikipedia, the free encyclopedia 任覚(にんがく、天永元年(1110年)[1] - 治承5年2月12日(1181年2月27日))は平安時代後期の真言宗の僧。出自は三条源氏で、大蔵卿・源行宗の子。本名を覚賢という[2]。大夫法印を号した。 人物・経歴 保延3年(1137年)に仁和寺の僧正・信証に灌頂を受け、密教を修める[3]。保元元年(1156年)に権律師になり、平治元年(1159年)には東寺長者となった[3]。 応保2年(1162年)権大僧都に転じ、長寛元年(1163年)に国家鎮護のために孔雀経法を修して法印に叙せられた。雨乞いの修法に優れていることで知られ、承安4年(1174年)6月の旱魃の際には祈雨を行っており、霊験があったという[3]。治承5年(1181年)72歳(73歳、74歳とも)で入寂。 付法 弟子にいずれも熱田大宮司藤原範忠の子の寛伝と任暁などがいる[4]。 著書 『印義訣』 脚注 [1]あるいは天仁元年(1108年)(『東寺王代記』)、天仁2年(1109年)生ともいう(『仁和寺諸院家記』)。 [2]『仁和寺諸院家記』。 [3]『本朝高僧伝』。 [4]“熱田大宮司家の寛伝僧都と源頼朝”. 京都先端科学大学紀要 (京都先端科学大学). (2021). https://kyotogakuen.repo.nii.ac.jp/record/1197/files/%E7%B8%A601_%E5%B9%B3%E9%9B%85%E8%A1%8C-ms3.4.pdf 2024年7月12日閲覧。. 参考文献 上田正昭他『日本人名大辞典』講談社、2001年 Related Articles