伊丹廃寺跡
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当地に古代寺院跡があることは近世から知られており、礎石や瓦が発掘されていた。1958年(昭和33年)に塔の水煙が出土したのを契機に、以降8年間にわたり発掘調査が行われた。調査は高井悌三郎を調査主任に、甲陽史学会、京都大学考古学研究会、神戸大学考古学研究会、他の協力で行われた[1]。その結果、東に金堂、西に五重塔を配し、これらを回廊が囲む伽藍配置や規模が法隆寺とほぼ同等の寺院であり、奈良時代前期の創建と推定された。回廊外の北隣の陸上自衛隊伊丹駐屯地敷地にまたがって講堂らしい建物跡が、また、伽藍の東隣にも創建と同時期の建物郡跡が確認されている。現在、金堂と五重塔の基壇を復元整備し、史跡公園として市民に開放されている。
文化財
国の史跡
- 伊丹廃寺跡 - 1966年(昭和41年)3月22日指定。
兵庫県指定文化財
- 有形文化財
- 伊丹廃寺跡出土品(考古資料) - 市立伊丹ミュージアム保管。1977年(昭和52年)3月29日指定。