伊丹家は、京都の地下の家系で、父・伊丹重賢、母・ひさ(谷時亮の娘)の長男として生まれた。父の重賢は久邇宮朝彦親王に仕えた忠君愛国の人物である。父と共に東上して慶應義塾に学び、1896年(明治29年)父が男爵を授けられたる後、春雄も拝謁して天盃を賜る。
1900年(明治33年)7月、父の死去に伴い男爵を襲爵。1907年(明治40年)12月21日、貴族院男爵議員補欠選挙で選出され[3]、1911年(明治44年)7月9日に任期満了となる[注釈 1]。1913年(大正2年)3月8日、補欠選挙で貴族院議員に再選され[4][5]、死去するまで在任した[2][6]。