伊予市立下灘中学校
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| 伊予市立下灘中学校 | |
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北緯33度38分49秒 東経132度34分59秒 / 北緯33.64694度 東経132.58306度座標: 北緯33度38分49秒 東経132度34分59秒 / 北緯33.64694度 東経132.58306度 | |
| 過去の名称 |
下灘村立下灘中学校 双海町立下灘中学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 伊予市 |
| 校訓 | 明朗 最善 協和 |
| 設立年月日 | 1947年4月 |
| 閉校年月日 | 2010年3月31日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学期 | 3学期制 |
| 所在地 |
〒799-3313 愛媛県伊予市双海町串甲232番地1 |
| 外部リンク | 公式サイト[リンク切れ] |
伊予市立下灘中学校(いよしりつ しもなだちゅうがっこう)は、かつて愛媛県伊予市双海町串甲にあった公立中学校。通称は下中(しもちゅう)。
立地
教育目標
心豊かで、自ら考え実践する生徒の育成
生きる力を育むために、基礎学力の充実を重視した学習指導の展開を図っている。 また、総合的な学習時間や特別活動において、学校内外での体験活動を実施している。 それらの活動は、生徒一人一人が課題を探求し解決する力や表現力を培い、生徒の主体的学習活動への意欲を高めることを目的としている。
校章・校歌
校章
正三角形を三つ寄せたこのマークは、「国」あるいは「土」を意味するアッシリア文字『ムツウ』を図案化したもの。
制定以来、郷土双海を愛し下灘を慈しむ気持ちを育みつつ、校訓の『明朗・最善・協和』の三位一体を、あるいは調和を目指す伊予市立下灘中学校の教育理念をあらわすもの。
また、その上に描かれた『さくら』は、中学生としての本分をわきまえ、文・部(武)・心に日々精進する下灘中生の姿勢をあらわしている。
スクールカラーは、臙脂色であった。その臙脂色をベースカラーとして「さくら」の中を白で彩り、生徒の純真さを、「白」という無垢で表現している。
校歌
作詞:水沼寿丸、作曲:長岡千加子[1]。歌詞は3番からなり、1番と2番の前半は学校のある下灘地域の風土についての内容となっている[1]。1番には伊予灘、2番には豊田川が登場する[1]。
沿革
年表
- 1947年(昭和22年) - 下灘村立下灘中学校として開校[2]。校章を制定[1]。
- 1949年(昭和24年) - 独立校舎を落成し下灘小学校から移転[1]。
- 1951年(昭和26年) - 校旗を制定。被服室を増築。
- 1953年(昭和28年) - 下灘中学校PTAが発足。
- 1954年(昭和29年) - 下灘小学校の講堂を移転落成[1]、落成式を挙行。
- 1955年(昭和30年) - 町村合併に伴い双海町立下灘中学校に改称[2]。
- 1956年(昭和31年) - 増築校舎を落成(4教室分)[1]。男子バレーボール部が愛媛県大会で優勝[1]。
- 1961年(昭和36年) - 健康優良校として表彰される[1]。剣道部が愛媛県大会で優勝[1]。
- 1962年(昭和37年) - 技術科教室を増築[1]。
- 1964年(昭和39年)12月16日 - 体育館を落成[1]。
- 1978年(昭和53年) - 鉄筋コンクリート造4階建の新校舎を改築落成[1]。運動場を拡張[1]。
- 1992年(平成4年) - 情報教育室を新設[1]。
- 1995年(平成7年) - 外国語指導助手を導入[1]。
- 2002年(平成14年) - 体育館を改築落成[1]。プールを全面改修[1]。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 市町合併に伴い伊予市立下灘中学校に改称[2]。
- 2008年(平成20年)
- 8月20日 - 下灘中学統合記念事業委員会が発足。
- 12月16日 - 伊予市立双海中学校の統合に関する連絡会を設置。
- 12月19日 - 教育委員会において上灘中学校との統合が決定[2]。
- 2010年(平成22年)
生徒数の推移
第二次世界大戦後のベビーブーム期の者が在学していた1962年度(昭和37年度)がピークであり[2]、372人を数えた[1]。
| 年度 | 生徒数 |
|---|---|
| 1947(昭和22)年度 | 188 |
| 1950(昭和25)年度 | 249 |
| 1955(昭和30)年度 | 283 |
| 1960(昭和35)年度 | 280 |
| 1962(昭和37)年度 | 372 |
| 1965(昭和40)年度 | 310 |
| 1970(昭和45)年度 | 192 |
| 1975(昭和50)年度 | 164 |
| 1980(昭和55)年度 | 139 |
| 1985(昭和60)年度 | 100 |
| 1990(平成2)年度 | 106 |
| 1995(平成7)年度 | 69 |
| 2000(平成12)年度 | 71 |
| 2004(平成16)年度 | 51 |
| 2009(平成21)年度 | 32 |
