伊具流北条氏(いぐりゅうほうじょうし)は、鎌倉時代の北条氏の分流。鎌倉幕府2代執権・北条義時の四男である北条有時を祖とする。有時が陸奥国の伊具郡を領有したことが興りである。
有時は義時の側室の所生であり、また病のために政治活動を引退したことから、伊具家は要職就任者を出す家の中での家格は低く、多くの子孫の中で幕府要職に就いたのは有時の子・通時の子である斎時のみであった。その他には、『建治三年記』12月19日条で、六波羅探題評定衆に「駿河次郎」という人物があり、駿河守であった有時の一門、伊具家の人物であると見られている。