伊岐致遠

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伊岐 致遠(いき の むねとお、生没年不詳)は、平安時代後期の貴族。名は宗遠とも記される[1]官位従五位下出羽守。一説に六条天皇外祖父

文章生を経て、白河院政期中期の天仁元年(1108年右少史に任ぜられる。天永2年(1111年)までに左大史に昇り、まもなく叙爵されたと想定される。その後しばらく官職に就いた形跡がないが、白河院政期末の大治4年(1129年)になって史巡により出羽守として受領となった。

愚管抄』では、永万元年(1165年)に即位した六条天皇の生母を「母不分明」としながらも、「密事ニハ大蔵大輔伊岐宗遠女子」とする[2]。また、『顕広王記』でも「大蔵大輔伊岐致遠法師女子」とする[3]

官歴

脚注

参考文献

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