伊庭秀賢
From Wikipedia, the free encyclopedia
逸話
- 隣家の人が「親の年が42歳の時に子が2歳になると、親子のいずれかに祟りがある」という言い伝えに悩み、秀賢の家に仮に子を捨てるのでそれを拾ってくれと頼まれた。乞いのままに捨てられた子を親に渡した時に和歌を詠んでいわく「おひたたば親のめぐみをおもへかし 捨つるはすてぬ心なりせば」[2]。
- 旧幕臣の文人・中根香亭の父は秀賢の同輩で、香亭は秀賢を「平生議論が甚だ多く、且つ酒量ありし人」として記憶している。また香亭の父は「安右衛門(関行篤)は才気こそ水斎(秀賢)に及ばないがあれだけ立身した。水斎は安右衛門よりも才気優れて学問もあったのに一生沈淪した。人の才不才と運不運はおのずから別のことだ」といつも言っていたという[2]。