伊王島灯台
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位置
北緯32度42分9秒 東経129度45分7秒 / 北緯32.70250度 東経129.75194度座標: 北緯32度42分9秒 東経129度45分7秒 / 北緯32.70250度 東経129.75194度
塗色・構造
白色・塔形・コンクリート造[1]
| 伊王島灯台 | |
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| 航路標識番号 [国際標識番号] | 6330 [M5194][1] |
| 位置 | 北緯32度42分9秒 東経129度45分7秒 / 北緯32.70250度 東経129.75194度座標: 北緯32度42分9秒 東経129度45分7秒 / 北緯32.70250度 東経129.75194度 |
| 所在地 | 長崎県長崎市伊王島町1丁目3240[1] |
| 塗色・構造 | 白色・塔形・コンクリート造[1] |
| レンズ | 4等 |
| 灯質 | 群閃白光・毎20秒を隔てて4閃光 |
| 実効光度 | 15万 cd |
| 光達距離 | 20.5海里(約38km) |
| 塔高 | 11.5 m (地上 - 塔頂) |
| 灯火標高 | 64.4 m (平均海面 - 灯火) |
| 管轄 |
第七管区海上保安本部 長崎海上保安部 |
歴史

1866年(慶応2年)に江戸幕府が4カ国(アメリカ、イギリス、フランス、オランダ)との間で締結した江戸条約に基づき設置された全国八灯台(条約灯台)の中で、唯一九州に設置された。長崎に灯台が設置された理由としては、貿易で深い関りのあったオランダの要望があった[1]。灯台の設計はリチャード・ヘンリー・ブラントンで、1870年(明治3年)6月に完成し仮点灯を実施、翌1871年(明治4年)7月に日本最初の鉄造灯台として本点灯された[2][1]。1945年(昭和20年)8月9日の原爆による爆風で大きく損傷を受け、1954年(昭和29年)9月に解体[3]。同年12月に四角形、鉄筋コンクリート造の灯台が完成したが、ドーム部分はそのまま流用され、旧灯台の基礎部分も遺された[4]。1971年(昭和46年)4月には近隣の陰の尾・樺島両灯台と共に無人化された[5][3]。2003年(平成15年)には設置当初の六角形の姿に改築された[1]。
灯台記念館
登場する作品
・ 小説『ライツ・オン! 明治灯台プロジェクト』 土橋章宏 (筑摩書房 2014年 ISBN 9784480816764) 「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ブラントンが伊王島灯台を建設する過程が描かれている。