伊米神社八幡宮
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位置
北緯37度18分56.9秒 東経138度46分57.0秒 / 北緯37.315806度 東経138.782500度座標: 北緯37度18分56.9秒 東経138度46分57.0秒 / 北緯37.315806度 東経138.782500度
主祭神
天香語山命
| 伊米神社八幡宮 | |
|---|---|
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拝殿と手水舎 | |
| 所在地 | 新潟県小千谷市桜町1314 |
| 位置 | 北緯37度18分56.9秒 東経138度46分57.0秒 / 北緯37.315806度 東経138.782500度座標: 北緯37度18分56.9秒 東経138度46分57.0秒 / 北緯37.315806度 東経138.782500度 |
| 主祭神 | 天香語山命 |
| 社格等 | 式内社論社 |
| 本殿の様式 | 神明造 |
| 地図 | |

伊米神社八幡宮(いめじんじゃはちまんぐう)は、新潟県小千谷市桜町にある神社。『延喜式神名帳』に魚沼郡五座の一つとして記されている「伊米神社」の論社の一つ。
歴史
天香語山命が、越国平定を命じられ、この地に着いた。始めは上伊米(同市両新田)に住み、後に下伊米(同市桜町)に住み、その後、現在伊米八幡宮がある伊米ヶ原と呼ばれる地に住んだ。『伊米八幡宮古証書上』には、「伊米大神は伊米彦命にて、此所に鎮まり給う。即ち伊米原と申す也。一男一女を出産す。兄命の名は神稲長穂、妹の姫の名は伊米多良姫と申す。(中略)伊米長穂王坐したる所を今に上伊米と言い、伊米多良姫坐したる所を下伊米と言う。」と記されている。また、この地にいた頃、手栗彦命とも呼ばれていたという。源義家がこの地を通った際、この地の蝦夷と戦になった。家来の永野氏は義家を遠国橋の下に隠し、命を救った。義家は兜の中の守り本尊を八幡宮として祀り、永野氏にこの地を治めさせた。又は、1064年、源義家が、奥州から京都への帰り、行く時に戦勝祈願した結果奥州平定が出来たので、お礼に永野(後の中町)・阿部又は中町・永野の二人の家来に八幡神社を守るために残したという。その後、八幡宮は伊米神社と共に祀られた。
