藤原兼平 ウィキメディアの曖昧さ回避ページ From Wikipedia, the free encyclopedia 藤原兼平(ふじわら の かねひら) 藤原北家良房流(藤原基経の子) 藤原北家小野宮流(藤原経季の子) 藤原北家五摂家の一つ、鷹司家の初代当主の藤原兼平については、鷹司兼平を参照。 藤原兼平(藤原基経の子) 概要 凡例藤原兼平, 時代 ... 凡例藤原兼平時代 平安時代前期 - 中期生誕 貞観17年(875年)死没 承平5年7月28日(935年8月29日)別名 琵琶宮内卿官位 従三位、宮内卿氏族 藤原北家父母 父:藤原基経、母:忠良親王女 名未詳兄弟 佳珠子、時平、温子、仲平、兼平、忠平、良平、穏子、頼子、佳美子、貞元親王妃、源能有室テンプレートを表示閉じる 藤原 兼平(ふじわら の かねひら)は、平安時代前期から中期にかけての公卿。藤原基経の子。母は忠良親王の娘。琵琶宮内卿と号す。皇太后宮大夫を務め、従三位・宮内卿(『尊卑分脈』、『栄花物語』等)に至ったとされるが『公卿補任』に記載なし。琵琶上手とされる。 藤原兼平(藤原経季の子) 概要 凡例藤原兼平, 時代 ... 凡例藤原兼平時代 平安時代後期生誕 不詳死没 不詳官位 従四位上、右近衛少将氏族 藤原北家小野宮流父母 父:藤原経季、母:藤原定頼の娘兄弟 通家、季仲、季実、兼平、雅経、増覚、真覚テンプレートを表示閉じる 藤原 兼平(ふじわら の かねひら)は、平安時代後期の貴族。藤原北家小野宮流(実頼流)、中納言・藤原経季の子。 母(藤原定頼女)は「藤原定頼女」あるいは「藤原兼平母」の名で『後拾遺和歌集』『千載和歌集』・『新勅撰和歌集』に詠歌が収録されている勅撰歌人。初め藤原信長の愛人となったがのちに離別し、藤原経季の室になって兼平を産んだ。兼平は和泉守・淡路守等を歴任し、従四位上・右近衛少将まで昇進した。 関連項目 笠寺観音:兼平(基経の子)と玉照姫の伝説が寺の名前の由来になっている。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks