伊藤京子 (ソプラノ歌手)
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略歴
静岡県掛川市出身。1943年(昭和18年)4月、東京音楽学校甲種師範科に入学[4]。1947年(昭和22年)に同校を卒業した[5][6]、研究科を修了。城多又兵衛、酒井弘、浅野千鶴子、田中伸枝[6]、原信子[6]、フェルディナント・グロスマン、マルガレーテ・ネトケ=レーヴェ等に師事[5]。
1949年(昭和24年)第18回日本音楽コンクール声楽部門で第1位を獲得[6]。1950年(昭和25年)東宝交響樂團ベートーヴェン『フィデリオ』(指揮:近衛秀麿)でオペラデビュー[7]。以後、東京藝術大学、藤原歌劇團、長門美保歌劇團、二期會、日生劇場、東京オペラ協會、關西オペラグループ等の主催により、計八十余本にのぼるオペラに出演[7]し、実力と人気を兼ね備えた、戦後の日本を代表するプリマドンナとして一世を風靡した。モーツァルトの諸役や日本の創作オペラで卓越した歌唱を聞かせたが、特に重要な持ち役としては、團伊玖磨『夕鶴』つうと、J.シュトラウス2世『こうもり』ロザリンデがあり、なかでも『夕鶴』のつうは当たり役で、1954年(昭和29年)の北京公演で絶賛された[2]ほか、数多く演じている。また、NHK交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団をはじめ、多くのオーケストラと共演を行っている。
歌曲についても造詣が深く、とりわけ日本歌曲のコンサート・レコーディングでは目覚ましい活躍をしている。
後進の育成にも力を注ぎ、国立音楽大学教授[2][6]、名古屋音楽大学教授[2]、沖縄県立芸術大学教授[5]、相愛大学(相愛女子大学)講師[6]を務め、増田いずみ、永井和子、佐藤ひさら、本島阿佐子[5]等の優秀な門下生を数多く育てた。
2021年7月25日、老衰の為に死去[3]。94歳没。
受賞・栄典
- 1964年 第5回毎日芸術賞[6][8] ヴェルディ生誕150年記念公演 歌劇『椿姫』1963年7月 東京文化会館 上演関係者(ヴィオレッタ・ヴァレリー役)[9][10]
- 1969年 第19回芸術選奨文部大臣賞[6][8][11] 團伊玖磨歌曲演奏会 1968年12月[12]
- 1971年 第12回毎日芸術賞[8] プーランクのモノ・オペラ『声』の歌唱 1970年5月 第一生命ホール[13]
- 1988年 紫綬褒章[1]
- 1988年12月31日 第39回NHK紅白歌合戦において審査員を務める
- 1989年 昭和63年度(第45回)日本芸術院賞[1]
- 1995年 日本芸術院会員[1]
- 1997年 勲三等瑞宝章[1]
- 1999年 第52回中日文化賞[14]