山口県大島郡久賀町(現・周防大島町久賀)出身。伊藤祥助の弟として生まれ、1921年(大正10年)分家する。1909年(明治42年)東京帝国大学法科大学独法科を卒業し、鉄道院に出仕。1911年(明治44年)同院副参事、ついで参事書記官を経て、1927年(昭和2年)仙台鉄道局長に就任。
1931年(昭和6年)7月に官界を去り、民間に転じ、精養軒社長、宮城電燈顧問などを歴任する。1938年(昭和13年)7月30日、推挙され、第7代山口県宇部市長に就任し、続いて第8代市長を1946年(昭和21年)1月21日まで務めた[4]。