伊藤重治郎
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兵庫県明石市出身[1]。東京英語専修学校(立教大学の前身校の一つ)で修学する[5]。1903年(明治36年)早稲田大学英語政治科を卒業後、早稲田大学講師となる[1]。1905年(明治38年)アメリカに留学し、シカゴ大学を経て、1906年(明治39年)にペンシルベニア大学に入学し、1908年(明治41年)に卒業。大学では交通論、商業学を専攻し、博士号(Ph.D.)を取得[3][6]。
帰国後、早稲田大学教授を経て、立教大学経済学部教授に就任し、交通論、商店経営、商業英語の科目を教えた[3][6]。その他、千葉商科大学、東洋大学、国士舘大学でも教授を務めた[7]。
早稲田大学第3代学長の平沼淑郎(早稲田大学第2代商学部長[8])や、伊藤と同じペンシルベニア大学で学び、早稲田大学第6総長を務めた島田孝一(早稲田名誉教授)とは、同分野の学者として交流した[9]。
島田孝一の父、島田三郎(東京専門学校/現・早稲田大学創設メンバーの一人)は、1899年に立教尋常中学校の認可に尽力し、立教学院とゆかりのある人物で、キリスト教徒としても知られていた人物である[10]。