伊達村成
江戸時代の藩士 (1686-1762)
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生涯
貞享3年(1686年)、亘理伊達家第5代当主・伊達実氏の長男として生まれる。幼名は兵力。
元禄4年(1691年)4月、6歳のとき、狩猟のために、亘理を訪れた藩主伊達綱村に初めて拝謁する。元禄11年(1698年)9月、仙台城で、藩主綱村の加冠により元服し、偏諱を受けて村成と名乗る。宝永4年(1707年)、父・実氏の隠居により、家督を相続し亘理邑主となる。
家臣荒川方秀に天流刀術を、家臣半沢幸高に一宮流居台術を学び、その伝を極めた。
宝永2年(1705年)藩主吉村に長女英姫が誕生した際、蟇目役を務める。正徳2年(1712年)2月、幕府より日光東照宮修復の命が下り総奉行を務める。
享保11年(1726年)1月21日、疱瘡で死去した。享年41。臨終前に、庶長子の初太郎(村実)を嗣子とすることを願出て許された。
参考文献
- 『伊達世臣家譜』