佐々井 信太郎(ささい しんたろう、1874年5月22日 - 1971年8月9日)は、日本の教育者、二宮尊徳研究家。
兵庫県出身。独学で教員検定試験に合格、1903年神奈川第二中学(現神奈川県立小田原高等学校)に赴任、二宮尊徳研究を始める。1922年大日本報徳社副社長となり、1932年「二宮尊徳全集」36巻を刊行。戦後、一円融合会理事長として報徳運動を再開した[1]。1959年「二宮尊徳研究 二宮尊徳の体験と思想」で國學院大學文学博士。神奈川二中での生徒に尾崎一雄がいた[2]。子の佐々井典比古(1919-2009)は小田原の報徳記念館初代館長。