陸奥国津軽郡金木村(現青森県五所川原市)の農家に生まれた。中村半治郎の長男[2][8]。12歳のときに五所川原の呉服商に丁稚奉公。佐々木喜太郎の養子となった[8]。1867年に分家し、一家を創立した[8]。分家した嘉太郎が木綿と雑貨を扱うことにした店の屋号は「又古」だった。
1889年以降、北津軽郡会議員、県税調査委員等を務めた[1]。1895年、津軽鉄道の設立に参画した[3]。1897年、五所川原銀行を創業した[3]。1904年9月29日、多額納税者として貴族院議員に選出され[3][10]、1906年10月10日に辞職した[11]。
架橋工事や鉄道敷設事業などでも活躍[3]。1914年12月3日に死去[4]。