佐々木春作 From Wikipedia, the free encyclopedia 佐々木 春作(ささき しゅんさく、1872年4月26日(明治5年3月19日)[1] - 1942年8月13日[2])は、日本の医師、政治家。衆議院議員(1期)。 山形県山形市五日町出身[2][3]。1889年、第二高等学校医学部、1893年、東京帝国大学卒。陸軍に入り、三等軍医から一等軍医に進み、日清戦争、日露戦争に参加[2]。山形市会員、山形県会議員、同参事会員、山形市医師会長、山形県産婆試験委員、帝国在郷軍人会山形市連合分会長、専売局顧問医、鉄道嘱託医となる[2]。 1898年、山形市八日町に佐々木病院を開業[3]、院長となる[2]。山形市内のはり師・きゅう師・あんま師らによって1913年に設立された私立山形盲学校の初代校長を勤め、1921年まで任に当たった[3](のち県立に移管され、山形県立山形盲学校となる[4])。 1924年の第15回衆議院議員総選挙において山形1区から立憲政友会公認で立候補して当選[5]、衆議院議員を1期務めた。1928年の第16回衆議院議員総選挙において山形1区から立候補したが落選した[6]。1942年死去。 脚注 ↑ 衆議院『第四十九回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1924年、22頁。 1 2 3 4 5 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』268頁。 1 2 3 中川綱彦 著「佐々木春作」、山形新聞・山形放送 編『山形県大百科事典』山形放送、1983年、394頁。 ↑ Q1 - 山形盲学校ってどんな学校? Answer1-4 盲学校はいつできたの? 山形県立山形盲学校、2025年11月20日閲覧。 ↑ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』71頁。 ↑ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』80頁。 参考文献 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。 Related Articles