佐藤善一

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佐藤 善一(さとう ぜんいち、1906年3月15日 - 2004年9月27日)は、日本の作家政治家

岩手県下閉伊郡山田町生まれ[1]岩手県師範学校卒業。刈屋小(下閉伊郡刈屋村(のち、新里村、現・宮古市))に赴任する。その後、短期現役兵として青森連隊に入隊する[2]。除隊後は刈屋小に復帰し、岩手師範学校専攻科へ入る[3]。教職の傍ら『人民文庫』に投稿し、1939年「龍の髭」で芥川賞候補となり宇野浩二に師事。1944年「とりつばさ」で直木賞候補となるが芥川賞にこだわり辞退。この間、山田町にある大沢小教諭となり、同校長となる[4]。1942年に校長を退職後、山田町会議員を経て、山田町長となる[5]

1946年に山田町長を退職するが、公職追放に遭う[6]。農業にたずさわりつつ新聞連載などをし、1955年町長に復職、1967年まで三期務め、1967年-1979年岩手県議会議員を三期務める。

晩年は山田町内の特別養護老人ホームで過ごし、2004年9月27日、心不全により死去[7]。98歳没。従五位に叙された[8]

著書

脚注

参考文献

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