佐藤方哉
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佐藤春夫と谷崎潤一郎の元妻・千代の長男として[2]、東京府東京市小石川区関口台町(現・東京都文京区)に生まれる[1]。谷崎が名づけ親となった。
1945年、東京高師附属国民学校卒業[1]。1952年、東京教育大学附属中・高を卒業後[1]、慶應義塾大学医学部予科に入学[1]。その後、慶應義塾大学文学部哲学科心理学専攻に転部し、1957年に卒業[1]。同年、慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻に進学[1]。1962年、同博士課程単位取得満期退学[1]、慶應義塾大学文学部助手となる[1]。その後、同専任講師[1]、助教授[1]を経て、1976年より慶應義塾大学文学部教授[1]。1976年「オペラント条件づけにおける刺激制御の問題」で慶應義塾大学文学博士。1998年、慶應義塾大学を定年退職[1]、名誉教授[1]。1999年より帝京大学文学部教授[1]。2009年星槎大学学長[1]。
日本行動分析学会会長(1985年 - 1990年)[3]、第1回国際普及貢献賞(国際行動分析学振興協会)[3]、国際行動分析学会会長(1998年 - 1999年)[3]など、日本における行動分析学の草分けとして、長年にわたってその普及・発展に努めた。
2010年8月23日午後8時35分頃、京王線新宿駅のホームで、42歳のアルバイトの男が電車待ちの列にぶつかったはずみで先頭にいた佐藤は押し出され、京王八王子駅発新宿行き準特急電車と接触。電車とホームの間に挟まれ、搬送先の病院で頭蓋骨骨折などのため、約1時間後に死去[2]。77歳没。
著書
CD
木下雅夫=佐藤方哉のペンネーム
- HB-3001「深く愛したら/木下雅夫作品集」
- HB-3002「春の日/木下雅夫作品集〜VOL.2〜童謡編」
- HB-3003「トラララ/木下雅夫作品集〜VOL.3〜」
- HB-3004「童謡組曲/十二ヶ月の子守唄/木下雅夫作品集〜VOL.4〜」