佐藤星衣
From Wikipedia, the free encyclopedia
日本学園中学から修徳高校へ進むも、この当時は全国レベルで際立った成績を残せなかった[2][3]。2024年に明治大学へ進学すると、2年の時に全日本ジュニア60㎏級で優勝、体重別団体で3位になった[4][5]。講道館杯では準決勝でJESエレベーターの中村太樹に敗れて3位だった[6]。グランプリ・リンツでは準決勝で世界2位であるフランスのロマン・ヴァラディエール=ピカールに反則負けを喫して3位だった[7]。3年の時には体重別に出場すると、伏兵ながら初戦で元世界3位であるJESエレベーターの中村太樹、準決勝でパーク24の近藤隼斗、決勝で世界チャンピオンである同じくパーク24の永山竜樹を破るなど、この階級の世界選手権代表候補をことごとく破ってシニアの全国大会初優勝を飾った。しかしながら、国際大会の実績が貧しかったため世界選手権及びアジア大会の個人戦・団体戦共に代表に選ばれなかった[8][9]。