佐藤良二
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岐阜県郡上郡白鳥町(現:郡上市)出身。1953年、国鉄に入社し、美濃白鳥自動車区(後のJR東海バス美濃白鳥営業所<現在廃止>)に配属。名金急行線の車掌となる。
御母衣ダム建設に伴い、水没地区にある桜の木の移植を撮影記録することを移植作業に助力した愛知県豊橋市の造園業者・庭正造園の丹羽政光から依頼される。その中で、その桜が名金急行線の路線沿いに移植された荘川桜が再び開花した時に花見に来ていた老婦が桜の幹に涙ながらに抱きついているのを目撃し、それにより佐藤の心が動かされ、1966年頃より名金急行線の道路沿いに桜を植え始める。以後、余暇を苗木の手入れや植樹に費やし、生涯を終えるまでに約2,000本の桜を植えたと言われる。
1977年1月25日、血管免疫芽球性リンパ節症のため47歳で死去。
植樹活動の影響
彼の活動は、御母衣ダム桜移植の記録撮影を担ったことで、日本さくらの会から表彰されたことや、生前から新聞やテレビで取り上げられていたが、全国的に有名になったのは彼の死後[1]、彼の活動が国語の教科書に取り上げられたことが大きい。また、彼の手記を元に中村儀朋が『さくら道』を出版、1994年には、この本を原作とし、神山征二郎が監督を務めた映画『さくら』が公開され、佐藤役は篠田三郎が演じた。2009年には『さくら道』のタイトルでテレビドラマ化(よみうりテレビ制作)され、緒形直人が佐藤役を演じている。また1994年、名古屋城から兼六園までを2日がかりで走破する、第1回さくら道国際ネイチャーランが開催され、2024年の大会まで毎年4月下旬に行われていた。[2]