佐野正幸 (作家)
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中学2年時に学校ではやっていた野球ゲームで阪急ブレーブスを担当したことがきっかけで阪急と当時の同監督・西本幸雄のファンになる。翌年阪急が首位を走り始めた頃に西本に手紙を書いたところ、筆不精で知られる本人直々に返事がきたことから、親交が始まる。
その後、1974年に西本が近鉄バファローズ監督に就任すると、阪急・近鉄とも応援するようになったが、1976年に阪急が日本シリーズで初めて読売ジャイアンツを破って日本一になったのを見届けて近鉄ファンに完全に鞍替えした。大学卒業後、西本の紹介で東京近鉄百貨店[2] に就職し[1]、仕事の傍ら近鉄の応援団長を務め[1]、関東でゲームがある場合必ず駆けつけた。西本は1981年に辞任したものの選手からの勧めもあって近鉄の応援を続行、1998年に退職してからは著述活動へ移行。
2004年、出身地の北海道札幌市に日本ハムファイターズが東京から移転し北海道日本ハムファイターズとなり、また同年6月に発生した球界再編問題によって大阪近鉄バファローズが自身がかつて応援していた阪急の後継球団であるオリックス・ブルーウェーブに吸収合併されて消滅した後は、パ・リーグを軸とした「スタンド視点」からの執筆・講演活動へと移行している。テレビでは「プロ野球ここだけの話(CSフジ)」「のりゆきのトークDE北海道(北海道文化放送)」など。ラジオでは「あさまるステーション(岡山・山陽放送)にレギュラーを持っていたほか、単発では多数出演。また北海道新聞の日本ハム応援コーナー「がんばれファイターズ」にも1ヵ月に1度のコラム連載を持っている他、2011年秋より1年間の契約で、共同通信社を通じて西日本新聞や新潟日報などの地方新聞に月1回スポーツコラムを書いていた。また2012年9月25日のテレビ北海道「日本ハム対ロッテ戦中継」において、北海道の放送局初となる音声多重放送の副音声ゲストとして、スキージャンプの葛西紀明とともに出演。また著述業以外にも、結婚披露宴やパーティーの司会も生業にしていた。講演会、トークライブもしばしば行っている。野球以外でも放送業界・アイドル・風俗史などにも造詣があり、2012年7月には「二時間ドラマあるある」(宝島社)を上梓した。