広島県沼隈郡藤江村(現在の福山市)出身[1]。1915年(大正4年)、中央大学を卒業[1]。1917年(大正6年)、弁護士試験に合格し、開業した[1]。
1928年(昭和3年)、第16回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第21回に至るまで6回連続当選を果たした。その間、廣田内閣で文部参与官を、阿部内閣で文部政務次官を務めた。
戦後、日本進歩党に加入するが、大政翼賛会の推薦議員のため公職追放となった[3]。
その他、常磐採炭株式会社取締役、日英醸造株式会社取締役、大日本醸造株式会社監査役、千代田毛織株式会社監査役、関東航空計器株式会社社長、和田製本工業株式会社社長などを務めた[1][2]。