依田圭五 政治家、法学者 From Wikipedia, the free encyclopedia 依田 圭五(よだ けいご、1921年4月4日[1] - 1979年2月24日[2])は、日本の政治家。日本社会党所属の衆議院議員(1期)。 経歴 東京都出身[2][注 1]。1948年東京帝国大学法学部卒[2]。文京区議、東京都議会議員[2]を経て、1967年の第31回衆議院議員総選挙において東京8区から日本社会党公認で立候補して初当選した[3]。この間、1951年の文京区長選挙に社会党公認で立候補したが落選した[4]。衆議院議員は1期務めた。1969年の第32回衆議院議員総選挙で落選[3]。1972年の第33回衆議院議員総選挙でも落選した[3]。党内では社会党都議団幹事長、同政務調査会長、都市問題政策副委員長などを務めた[2]。このほか青森短期大学講師、同教授、青森大学教授となった[2]。1979年死去。 著作 『改正親族法相続法提要』七星社、1949年。 脚注 [脚注の使い方]注釈 [1]『大衆人事録』第19版、東京篇、920頁では「山梨県出身」と記載。 出典 [1]『大衆人事録』第19版、東京篇、帝国秘密探偵社、920頁。 [2]『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』715頁。 [3]『朝日選挙大観』485頁。 [4]『朝日新聞』1951年4月25日2面、「区長開票結果」。 参考文献 『大衆人事録』第19版、東京篇、帝国秘密探偵社、1956年。 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。 『朝日選挙大観』朝日新聞社、1997年。 Related Articles