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価値増殖

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価値増殖(かちぞうしょく、ドイツ語: Verwertung、英語: valorization)とは、カール・マルクスの経済学において、資本として投じられた価値が生産過程や商品の販売を経て、もとの価値よりも大きくなって戻ってくること、またその過程をいう[1]。

マルクスは、資本主義社会においてはそのような価値増殖のサイクルが際限なく繰り返されてゆくと考え、これを資本主義のもっとも重要な要素のひとつとみなして『資本論』において定式化した[1]。

概要

『資本論』 フランス語版初版(1872年)

マルクスによれば、単に商品を安く買って高く売るだけでは、社会全体として新しい価値が生み出されたことにはならない。ある人が得をした分だけ別の人が損をする可能性があるからである。そこでマルクスは、新しい価値が実際に生み出される場所を商品の生産過程に求めた[1]。

例えば、ある資本家が事業に100万円を投じて原料や機械を用意して労働者を雇い、そこで生産された商品を販売した結果、120万円を得たとすると、最初に投じられた100万円は20万円増加したことになる。

『資本論』では、この運動は「貨幣―商品―より多くの貨幣」という形で示される。マルクスはこれを M―C―M′ と定式化した。M は最初に投じられる貨幣(Money)、C はその貨幣で購入される商品(Commodity)、M′ は商品の生産・販売を経て戻ってくる最初よりも増えた貨幣を意味する。M′ と M の差分が「剰余価値」(ドイツ語: Mehrwert/英語: surplus value)で、資本がこの剰余価値を生みながら大きくなっていく過程が「価値増殖」である[1]。

最初に投じられた価値が、なぜ生産を経ることでより大きな価値=「剰余価値」になるのだろうか。マルクスは、そうした「剰余価値」を生み出す源泉が労働者の「労働力」(ドイツ語: Arbeitskraft/英語: labour-power)にあると考えた[2]。

労働者が支払われた賃金に相当する価値だけをちょうど生み出したところで労働を終えてしまえば、賃金を支払った資本家には、その賃金分に相当する価値が戻ってくるだけで、そこに剰余価値は生まれていない。しかし労働者が賃金に相当する価値を生み出すのに必要な時間を越えて働きつづければ、その超過分の労働によって生み出された価値が「剰余価値」となって資本家に帰属することになる[3]。

逆に言えば、このような「剰余価値」を生む「価値増殖」のサイクルがつづいているかぎり、労働者の労働は余剰分の価値を資本家に提供しつづけることになる(剰余労働の無償取得)。つまりマルクスは価値増殖を理論化することで、資本家による労働者の搾取構造を説明しようとしたのである[3]。

さらにマルクスは、そのように価値を増殖しつづける資本の運動には、それ自体の限界がないと考えた。単純な商品流通では最終的な使用価値の消費によって運動が終了するが、M―C―M′ では運動の目的が価値量そのものの増大にあるため、得られた M′ はさらに新たな M として投下されうるからである[4]。このため『資本論』では、資本はしばしば「自己増殖する価値」として捉えられる。

資本家は……労働を資本へと、すなわち増殖する価値、命を吹きこまれた怪物へと変容させる。そしてこの怪物は、まるでその身体に恋心でもやどしているかのように「はたらき」はじめる。 — カール・マルクス『資本論』第1巻第3編

後年、マルクスおよびその理論の継承者らが資本主義の原理的な行き詰まりと、それを突破するための「革命」を不可避の帰結とみなしたのは、こうした思想が重要な背景となっている[4]。

価値増殖過程

イーヴリン・ド・モーガン《マモン崇拝》(1909年)。富を象徴するマモンを崇拝する人物を描いた寓意画。

不変資本・可変資本と剰余価値

価値増殖過程の分析を通じて、マルクスは資本をさらに不変資本(konstantes Kapital)と可変資本(variables Kapital)に区分した。原料、機械、建物などの生産手段に投下された資本は、もともと持っていた価値を生産物へ移転するが、それ自体として新たな価値を形成しないとされる(不変資本)。これに対して労働力の購入に支出された資本は、生産過程においてその等価物を再生産するだけでなく、それを超える剰余価値を形成する(可変資本)。上述のとおり、マルクスの体系では、価値増殖の直接的源泉を労働に求めるため、可変資本を重視することになる[3]。

マルクスは労働者が働いている時間のうち、労働者が自らの労働力価値に相当する価値を生産する時間を「必要労働時間」、それを超えて資本家のために剰余価値を形成する時間を「剰余労働時間」と呼んだ。この区別に基づき、剰余価値率は剰余価値 s と可変資本 v の比率 s/v として表され、これがマルクスにおいては労働力の資本家による搾取度を示す尺度となる[5]。

剰余価値を増加する方法として、マルクスは労働時間の延長などによって剰余労働時間を直接増加させる「絶対的剰余価値」と、機械化・効率化などによって生産力を上昇させることで必要な労働時間を短縮し、同じ労働時間のなかで剰余労働時間の割合を増大させる「相対的剰余価値」の生産を区分している[6]。

価値増殖と資本蓄積

生産された剰余価値が資本家によって消費されず、その全部または一部が追加資本として再投資されれば、資本蓄積が生じる。価値増殖は既存の資本から剰余価値が形成される過程であり、資本蓄積はその剰余価値が新たな資本へ転化する過程である。これらの過程が循環してゆくなかで両者は結合し、価値増殖によって生まれた剰余価値が次の価値増殖の出発点となる[7]。

この意味で、マルクスにとって「資本」は静的な概念ではない。『資本論』第2巻では資本は貨幣資本、生産資本、商品資本という形態を順次とりながら循環する運動として分析され、第3巻では利潤、利子、地代など、剰余価値が競争と分配を通じてとる諸形態が検討される。近年の研究でも、マルクスの資本概念を理解するうえでは、生産過程だけでなく、生産・流通・分配・再生産を貫く「価値の自己増殖」という連関が重要であるとされている[8]。

現在の位置づけ

ルイス・ハイン撮影《綿紡績工場の少女》(1909年)。20世初頭まで、多くの児童も労働者として生産過程に組み込まれていた。マルクスは、資本そのものがこうした低廉労働力を求めて傍聴してゆく過程を、価値増殖過程として分析した。

マルクスの価値増殖論、とくに新しい価値を生み出す原動力として「労働時間」を重視する考え方には、その後さまざまな異論が提出されるようになった。彼の考え方では、例えば同じ労働時間が投下されている同じ商品が、状況によってまったく異なる価値をもつ場合を説明できない(同じ量の水のボトルが先進国の大都市ではきわめて低い価値しかもたないが、渇水がつづく砂漠地帯へ行けば非常に高い価値をもつ、といったケースなど)。(⇒参照:「限界革命/限界効用理論」)

そのため、現代の主流派経済学における価格形成は、通常、消費者の選好、財の希少性、生産技術、限界費用、需要と供給、および市場構造などを用いて分析されている[9][10]。したがって、商品の相対価格を社会的必要労働時間によって説明するマルクス型の価値論は、現代の主流派経済学における標準的な価格理論の基礎とはされていない[11]。

しかし分析のための理論的枠組みとしては、考察の出発点として今もなお大きな影響を持ちつづけている。フォリー(Foley)とデュメニル(Duménil)が指摘するように、もともとマルクスは価値と価格を一貫して区別しており、価値は価格という形態を通じて現象する社会的実体として構成されている。つまりマルクスの理論において価値増殖論の問題は、個々の商品価格を直接予測することだけではなく、資本主義社会において生産がなぜ継続的な貨幣的富の増大を目的とする形態をとるのかを説明することにある[12][13]。

マット・ヴィダル(Matt Vidal)は、マルクスによる労働過程と価値増殖過程の区別を再検討し、資本主義的企業における管理的統制、技能向上と技能解体、技術変化を理解するための枠組みとして、その意義を論じている[14]。さらに近年には、架空資本を利子生み資本の概念的発展として捉え、将来の所得流が資本還元によって現在の資本価値へ転換される過程を分析するとともに、架空資本概念を現代の金融化研究へ接続する試みも行われている[15]。

受容と論争

工場主とに対峙する労働者たちを描いたロバート・ケーラー《ストライキ》(1886年)。マルクスは、価値増殖を自己目的とする資本の運動が労働者と資本家の構造的な利害対立を生みだし、この対立が資本主義を覆す社会主義革命の原動力になると考えた。

ヨーゼフ・シュンペーターは『経済分析の歴史』においてマルクスの経済学をリカード以来の古典派経済学の発展として詳細に検討し、マルクスの剰余価値論がデヴィッド・リカード的価値論を基礎としつつ、資本主義経済全体についての独自の理論体系へ組み替えられている点を重視した[16]。

マルクスの価値増殖論の受容においてとくに大きな問題となったのが、『資本論』第1巻の価値論と、第3巻で提示された生産価格論との関係である。第1巻では商品の価値が社会的必要労働時間を基礎として論じられる一方、第3巻では資本間の競争によって産業部門間の利潤率が均等化し、商品が価値そのものではなく「生産価格」で売買される過程が分析される。この両者をどのように整合的に説明するかという問題は、後に「転形問題」と呼ばれ、マルクス経済学をめぐる最も重要な論争の一つとなった[16][13]。

まず19世紀末にはオイゲン・フォン・ベーム=バヴェルクが、第1巻の価値論と第3巻の生産価格論との間には矛盾があると批判したのち、20世紀初頭にはラディスラウス・フォン・ボルトキエヴィチ(英語版)がこの問題を数理的に再構成して、その後の転形問題研究に大きな影響を与えた。その後さらに、スラッファ以降の古典派・ネオ・リカード派的価格理論などとの比較から、商品の価格や利潤を説明するために、労働価値という独立した概念を必要とするのかが論争となった[16][17][13]。根岸隆は、マルクスの労働価値論の中心的課題を、等価交換を前提としながら剰余価値ないし利潤の形成を生産過程から説明することにあったと整理している[18]。

20世紀後半には、マルクスの搾取論を労働価値論からどの程度独立して再構成できるかも議論された。分析的マルクス主義を代表するジョン・ローマーは、搾取概念を所有関係や資産分配の観点から再構成し、古典的な投下労働価値論そのものを搾取論の不可欠な基礎とみなさない理論を展開した。一方でマルクス経済学の内部では、価値と貨幣、剰余価値と利潤の関係を再定式化する研究が続いている[19]。

脚注

関連文献

関連項目

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