保坂調司
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新潟県東頸城郡松之山村(現在の十日町市)出身[2]。日本レイヨン青年学校本科卒業[3]。警視庁に勤務。
1954年アジア競技大会(マニラ)ではラピッド・ファイア・ピストルとフリー・ピストルの2種目に出場、金メダルを獲得[4]。
1956年メルボルンオリンピックでは、男子ラピッド・ファイア・ピストルと男子フリー・ピストルの2種目に出場。男子フリー・ピストルで4位入賞を果たした。
1958年アジア競技大会(東京)ではラピッド・ファイア・ピストルに出場し2連覇した[4]。
警視庁では警務部教養課で術科訓練にあたる[5]。1972年のあさま山荘事件では狙撃隊長を務めた[5]。
日米映画・NTV製作のセミ・ドキュメンタリー映画『殺人と拳銃』(1958)の主人公の一人、小坂荘司巡査長は保坂がモデルとなっている。