信州紬
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江戸時代の初期には、各藩の産業政策として養蚕を奨励していた。信濃(現在の長野県)では各地で養蚕が行われており、屑繭を原料とする紬は原料生産地がそのまま織物生産地となった。1750年(寛延3年)8月に京都に出荷されて以来、明治に至るまで毎年のように出荷されることとなった。特に上田のものは上田藩の奨励もあって、井原西鶴『日本永代蔵』などの文芸作品に登場し、化政文化のころに最盛期を迎えた。
信濃では、草木染め材が豊富に自生していたことから、養蚕と併せて草木染めの技法も普及した。
安政の開国後の生糸高騰で衰退し、昭和の中期までは技術保存の名目で細々と技術伝承がされてきただけであったが、1952年に紬織物の復興が計画され、県を始めとする自治体の振興策により、県下全域に亘り活発な生産が行われ、現在に至っている。
伝統的な技術・技法
伝統的に使用されてきた原材料
使用する糸は、生糸(山繭系を含む。)、玉糸又は真綿の手つむぎ糸
製造される地域
特徴
- 原材料の種類が豊富。
- 自生する植物を使った草木染めを活用している。
- 柄の構成は縞、格子、絣、又はそれらの混成、無地調子など多様。
- 他産地にはない「山繭」を使用した天蚕糸を使用するものがある。
工程
- 煮繭、絹の精錬 - 真綿づくり - 手紡ぎ - 染色 - 絣技法 - 製織