倉永美沙

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生誕 1983年
教育 地主薫エコール・ド・バレエ(地主薫バレエ団付属バレエ学校)、スクール・オブ・アメリカン・バレエ
職業 ダンサー
活動期間 1991-
倉永 美沙
生誕 1983年
教育 地主薫エコール・ド・バレエ(地主薫バレエ団付属バレエ学校)、スクール・オブ・アメリカン・バレエ
職業 ダンサー
活動期間 1991-
活動拠点 米国サンフランシスコ
身長 156センチメートル[1]
現所属サンフランシスコ・バレエ(2019-現在)
過去所属ボストン・バレエ(2003-2019)←地主薫バレエ団
ジャンルクラシックバレエ、ネオクラシックバレエ、コンテンポラリ

倉永 美沙(くらなが みさ、1983年[2]-)は、大阪府出身のバレリーナである。2019年ボストン・バレエ団プリンシパルから、サンフランシスコ・バレエ団にプリンシパル移籍した[1]

7歳の時に大阪の地主薫エコール・ド・バレエに入りバレエを習い始め、1年でプロコースに進む。地主薫バレエ団入団[2]1993年第3回中部日本コンクールで第1位名古屋市長賞で、審査員だったユーリー・グリゴローヴィチモスクワ国際バレエコンクールのガラに招待され、1993年モスクワ国際バレエコンクール受賞者と一緒に特例でボリショイ劇場で踊る[3]

ジュニア時代には第9回モスクワ国際バレエコンクールのジュニア部門で金賞。17歳で第29回ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞(プロバレエ団研修賞)を受賞し、サンフランシスコ・バレエの研修生になるが、10カ月間の研修後、基礎ができていないとヘルギ・トマソン監督に団員アプレンティス(見習い)採用は断られる。そのため、ニューヨークの大小のバレエ団の入団オーディションを受けたが採ってくれなかった。それで、1年間スクール・オブ・アメリカン・バレエ[注釈 1]の学生となり、基礎と足の強化に費やす。2003年にボストン・バレエに入団[4]

シニアになってから2006年ジャクソン国際バレエコンクール[注釈 2]のシニア部で金賞を受賞。2007年にソリストになる。2009年に最高位プリンシパルに昇格、アジア人では初だった[5]

2017年にイタリアのバレエ界のアカデミー賞と呼ばれている「ブノワ賞」にノミネートされている[1]

2019年に16年間在籍したボストン・バレエからサンフランシスコ・バレエ団にプリンシパル移籍[1]。12月22日に毎日放送情熱大陸」に取り上げられている[1]

現役のトップダンサーや振付家が教師となるオンラインダンスクラス「ダンスマスタークラス」で、「ピルエット」と「フェッテ」を教える「マスター」として参加する。オンラインレッスンで、先生と生徒の距離が近づいたと語る[6]

人物

脚注

外部リンク

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