倉沢栄吉

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倉沢 栄吉(くらさわ えいきち、旧字:倉澤榮吉。1911年1月25日 - 2015年1月24日[1][2])は、日本国語教育学者。学位は、教育学博士筑波大学論文博士・1991年)(学位論文「昭和戦後期における読むことの学習指導論の展開」)。東京教育大学教授・千葉大学教授を歴任。

栃木県今市市出身。12歳の時、興津に移り、1923年静岡県立静岡中学校に入学、1年の秋から寄宿舎生活を送った。1928年、静岡中学卒業[3]東京文理科大学卒業。1947年千葉師範学校教授、新制大学移行に伴い千葉大学教授。1949年、大学教授の職を辞して東京都教育委員会教育庁)指導主事、1951年1月から4ヶ月間、GARIOA(占領地域救済政府資金)による奨学金により米国国語教育を視察。1956年文部省視学官1965年東京教育大学教授に転出。1975年、定年退官。1991年、「昭和戦後期における読むことの学習指導論の展開」で、筑波大学より教育学博士の学位を取得。

日本国語教育学会第二代会長[4]。国語教育の実践研究に従事[5]、戦後の日本の国語教育に大きな影響を与えた。

著書

脚注

外部リンク

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