倭仁
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生涯
影響
倭仁は後世では保守派の代表とみなされているが、全く道理に合わないことを言っているわけではない。倭仁は清の人材育成は清の実情に合わせて清自身が着手すべきことで、盲目的に西洋の学問を清の土壌に移植しても効果がないと指摘しているのである。
当時の洋務派はこの倭仁の言論を無視することができず、例えば馮桂芬は全国から有能な人材を集めるにあたって、「西洋人の教師から外国語と数学を学ばせ、国内の教師から経学と史学を学ばせるべきである」と主張した。このような「西洋の学問を重視しつつ、中国の学問も軽視しない」という発想は、後に張之洞の「中体西用」の学説につながっていくのである。
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