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傾城阿波鳴門

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『傾城阿波鳴門』(けいせいあわのなると、傾城阿波の鳴門、契情阿波の鳴門とも)は近松半二ら5人による合作の人形浄瑠璃。

近松門左衛門の「夕霧阿波鳴門」を原作とした書き替え狂言であり、徳島藩(阿波藩)のお家騒動に、「廓文章」などで知られる傾城夕霧太夫と藤屋伊左衛門の恋愛譚を絡めた全十段の時代物。1768年(明和5年)に大坂竹本座で初演。現在では八段目「十郎兵衛内の段」の口(前半)が「巡礼歌の段」として独立して上演されることが多い。

「巡礼歌の段」中で巡礼娘お鶴が語る「ととさんの名は十郎兵衛、かかさんはお弓と申します」の台詞が有名。

題名中の『なると』は門の中に鳴を入れた字(⿵門鳴)でも書かれることがあるが[1]、Unicodeに収録されていない字である。

あらすじ

以下のあらすじは『阿波の浄瑠璃画本 傾城阿波の鳴門』による[2]。

  • 一段目 吉原の巴屋

京都の商人である藤屋伊左衛門は、吉原遊郭の傾城・巴屋の高尾太夫が、実は徳島藩の先代藩主の姫君であることを知る。徳島藩に恩がある伊左衛門は、彼女を身請けして救い出さんと、徳島藩主・玉木衛門之助と身を偽り、巴屋で連日遊興三昧に耽っている。 徳島藩の悪家老・小野田郡兵衛は、主君の衛門之助を暗殺しようと三人の刺客を巴屋へ送り込むが、伊左衛門に見抜かれて失敗する。

伊左衛門は高尾を身請けすることには成功したものの、「玉木衛門之助が吉原で遊侠に耽っている」という噂が広まってしまい、幕府から釈明を求められる事態となる。本物の衛門之助と江戸家老・桜井主膳は、幕府より「五十日以内に真相を明らかにするように」と命じられる。

  • 二段目 桜井主膳の邸宅

桜井主膳の家来・阿波十郎兵衛は、小野田郡兵衛の家来と喧嘩沙汰を起こしたため、主膳から勘当されている。十郎兵衛は主膳の江戸屋敷に許しを乞おうと訪ねてくるが、勘当は許されないので立ち去る。

その後、郡兵衛がやってきて、藩主・衛門之助の遊蕩の責任を取る様に求め、主膳に切腹を迫る。そこへ伊左衛門が現れ、衛門之助の名を騙って、前藩主の姫君・高尾を救い出した経緯を説明する。主膳は衛門之助の遊蕩の真相を知って安堵し、伊左衛門を打首にしたように見せかけて逃す。

  • 三段目 両国橋

雨の夜、両国橋のたもとにて郡兵衛の刺客が二人、主膳を闇討ちしようと狙っている。刺客たちは両国橋を偶然通りかかった十郎兵衛を主膳と間違えて斬り掛かるも、返り討ちに遭う。来合わせた主膳は、刺客の一人が主膳の屋敷から藩主の名刀・国次を盗み出した盗賊だったことを明かし、刀のありかを白状させようと生かしておいたのを十郎兵衛が殺してしまったと残念がる。切腹して詫びようとする十郎兵衛だが、主膳はそれを止め、「国次の刀を取り戻すことが出来れば勘当を許す」と言う。十郎兵衛は「盗賊になってでも取り戻してみせる」と言い残し、喜び勇んで去ってゆく。

  • 四段目 今橋のくけ屋

大阪今橋にある商家くけ屋の娘・お辻は伊左衛門の許嫁である。お辻の母・お巻きは、伊左衛門から五百両の結納金を受け取っているが、当の伊左衛門は行方不明で「吉原で徳島藩主の名を騙った罪で打首になった」との噂が流れている。お巻きは結納金を藤屋へ返却して、お辻を他家へ嫁入りさせようと考えている。

ある日、くけ屋へ十郎兵衛と女房・お弓がやって来て、盗賊の一味と結託して結納金の五百両を騙し取る。実はこれは高尾を救ってくれた伊左衛門を思いやり、お辻との婚約解消を防ごうとする心遣いであった。

  • 五段目 寺町の尊正寺

尊正寺の本尊「目剥き如来」は、十郎兵衛と仲間たちの喧伝により、「盗賊を睨み殺す」という厄除けのご利益があると評判になり、連日参拝者が押し寄せ、賽銭もたくさん集まって大変な繁盛である。

尊正寺の和尚も気を良くして妻を娶って祝言を挙げるが、その夜に十郎兵衛と手下たちが尊正寺に押し入り、納戸にあった金をすっかり奪い取ってしまう。

  • 六段目 新町の吉田屋

新町遊郭の吉田屋の傾城・夕霧太夫は、伊左衛門と相思相愛の仲。しかし、伊左衛門は、夕霧の身請け金が工面出来ずにいる。夕霧に横恋慕している郡兵衛は、金にものを言わせて夕霧を無理やり身請けしようとする。

そこへ十郎兵衛が現れ、主君の窮地を救ってくれた伊左衛門への恩返しに、くけ屋から騙し取った結納金の五百両で夕霧を身請けし、伊左衛門と一緒にさせる。

  • 七段目 道行き思いの富士

伊左衛門は許嫁のお辻のことを気にかけながらも、夕霧と共に長町の侘び住まいで暮らしている。生活は苦しく、武太六という無頼漢に五十両の借金がある。伊左衛門が長町裏で武太六から返済を迫られている所へ、十郎兵衛が現れる。十郎兵衛は「明日までに金を返す」と武太六に証文を書いてみせ、伊左衛門の難儀を救う。

十郎兵衛と別れた伊左衛門は、十郎兵衛の女房・お弓と出会う。お弓は国次の刀を探索するため、尊正寺で盗みを働いた事から役人に追われる身になったと明かす。これを盗み聞きしていた尊正寺の坊主が代官所へ密告。お弓は役人に囲まれるが、柔術で役人たちを投げ飛ばし、その場から逃げていく。

  • 八段目 十郎兵衛の住家

玉造にある十郎兵衛の家へ、武太六が五十両の借金の催促にやって来ている。十郎兵衛は金策のために武太六と共に家を出る。

その留守へ飛脚が来て、お弓は盗賊仲間からの手紙を受け取る。手紙には「奉行所の詮議が厳しくなり、捕えられた者もいる。早々と逃げるように」と書いてあり、お弓は驚く。 その時、門口に「巡礼に御報謝」と言いながら巡礼の少女が通りかかる。お弓は少女に米などを恵んでやり、話を聞くうちに少女が生まれ故郷の徳島から、両親を訪ねて西国を巡礼して回っていると知る。親の名を尋ねると「アイ、父さんの名は十郎兵衛、母さんはお弓と申します」と答えるので、十郎兵衛夫妻が徳島の老母の元へ預けてきた娘・お鶴と知れる。しかし、自分たち夫妻は役人に追われる盗賊であり、ここで親子の名乗りをしては娘にまで咎が及ぶと、お弓は涙を堪えて「早く徳島へ帰るように」とお鶴へ言い聞かせる。お弓の説得を聞き分けたお鶴は巡礼歌を歌いながら去って行く。涙ながらに見送るお弓だったが、「今別れては二度と再び会えないかもしれない」と思い直し、お鶴の後を追いかけて行く。(巡礼歌の段)

お弓と入れ違いに、十郎兵衛がお鶴を連れて帰ってくる。お鶴が街道で悪者たちに絡まれていた所を十郎兵衛が救ったのだった。十郎兵衛は借金返済の足しにしようと、お鶴の持っている路銀を貸してほしいと迫る。お鶴が怯えて大声を立てるので、十郎兵衛はお鶴の口を塞いでいるうちに窒息死させてしまう。十郎兵衛はとりあえず亡骸を布団に寝かせる。そこへ帰って来たお弓は娘が訪ねて来たと十郎兵衛に話し、後を追いかけたが見失ってしまったと話す。探しに行こうと立ちかける十郎兵衛だが、お鶴の年恰好を聞くうち、先ほど手にかけた巡礼の少女が娘であったと気づく。十郎兵衛から「娘なら戻って寝ている」と聞いたお弓は布団の中のお鶴に添い寝してやろうとするが、死んでいることに気づいて十郎兵衛を問い詰める。十郎兵衛は事の顛末を話し、夫婦は悲嘆に暮れる。お鶴の亡骸を改めて見ると、財布の中に十郎兵衛の老母からの書置きが入っていた。中には「国次の刀は郡兵衛が盗んで手元に持っていると知れたので、お鶴を連れて旅立とうとしたが、力及ばず死の床にある」と書いてあり、夫婦は老母を思って涙に暮れる。

にわかに表が騒がしくなり、武太六の訴えによって集まった大勢の捕手が十郎兵衛の家を取り囲む。十郎兵衛が捕手たちを追い散らしている内、お弓はお鶴の亡骸と共に家に火をかけて火葬する。十郎兵衛夫婦は徳島へと落ち延びて行く。

  • 九段目 徳島の郊外の神社の境内

郊外の神社で、郡兵衛が悪坊主・海蔵院に玉木衛門之助の呪殺を依頼している。そこへ家来が十郎兵衛を見つけたと告げる。十郎兵衛は郡兵衛の家来たちに取り囲まれるが、そこへ桜井主膳が駆け付ける。しかし、主膳は十郎兵衛に縄をかけて郡兵衛に引き渡してしまう。実はこれは、十郎兵衛を郡兵衛の屋敷に入り込ませ、国次の刀を探させようという主膳の策略であった。

  • 十段目 郡兵衛下屋敷

郡兵衛は高尾を自分のものにせんと言い寄るが拒まれたため、その腹いせに高尾を座敷牢に監禁している。また、国次の刀を紛失した罪を着せられ、主膳も捕えられてしまう。郡兵衛の屋敷に捕えられていた十郎兵衛は密かに牢から抜け出して高尾と結託し、国次の刀を取り戻す。そこへ主膳も現れて郡兵衛の企みが全て明らかとなる。

手柄を立てた十郎兵衛は勘当を許され、再び武士に取り立てられる。伊左衛門は町人ながら扶持を得て、お辻を本妻、夕霧を妾として京都の藤屋を再興する。高尾は先代藩主のご落胤として徳島藩に姫君として迎えられ、大団円となる。

「巡礼歌の段」の舞台

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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