楚荘王は一頭の愛馬を溺愛し、華美な衣を着せ、豪奢な館に住まわせていた。やがて馬が死ぬと、王はこれを大夫の礼で葬ろうとした。
群臣が諫めても聞き入れなかったため、優孟は宮中に入り、大いに泣いて見せた。理由を問われると、
「これほど寵愛された馬を大夫の礼で葬るのは軽すぎます。むしろ君主の礼で葬るべきです」
と述べ、さらに
・玉の棺
・上質の木材による外槨
・諸国使節の参列
・万戸の封地の供奉
など過剰な葬礼を列挙した。これを聞いた楚荘王は自らの過ちに気づき、葬礼を取りやめた。優孟はさらに「六畜として処理し、人の胃腸の中に葬るべきです」と述べ、最終的に馬は食用として処理された。