元泰の子として生まれた。建義元年(528年)、祖父の高陽王元雍と父の元泰が河陰で殺害されると、元斌は幼少で高陽王の位を継いだ。侍中・尚書左僕射の位を歴任した。美貌で知られ、性格は穏健で寛容であり、高澄に重用された。武定5年(547年)5月、尚書右僕射となった。6月、大鴻臚卿を兼ね、晋陽に赴いて高歓の喪の事務を監護した。天保元年(550年)、北斉が建てられると、爵位を降格されて、高陽県公となり、右光禄大夫に任じられた。天保2年(551年)、文宣帝の契丹遠征に従軍し、帰還する途中に白狼河にいたって、罪に問われて死を賜った。