光ID
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技術原理
ラインスキャン・サンプリング
従来のカメラ受信型可視光通信は、サンプリング定理の制約により、カメラのフレームレートの半分以下の周波数の信号しか受信できなかった。一般的なカメラ(60fps)では信号周波数が30Hz以下に制限され、光の点滅が人間の目に知覚されてしまう上に、通信速度も極めて遅く、実用水準には達していなかった[2]。
CMOS型のイメージセンサは、構造上、画像内のすべての画素を厳密に同じ時刻に撮影しているわけではない。露光(シャッター)は1ラインの画素ごとに順番に行われるため、撮影された画像には各ライン間にわずかなタイムラグが存在する(順次露光)。このため、一部の室内照明(100Hzや120Hzで点滅)の下で撮影すると、明るいタイミングと暗いタイミングで露光されたラインの輝度の差が縞模様として写り込むことがある。この現象はフリッカー現象と呼ばれ、通常は画質の劣化要因として補正技術の開発対象とされてきた。
光ID技術は、これまでCMOSイメージセンサの欠点と見なされてきたこのフリッカー現象を積極的に利用する。人間の目には見えない数kHz以上の周波数でLED光源を高速点滅させ、スマートフォンのカメラの露光時間(シャッタースピード)を点滅周期と同程度に短く設定する。すると、光源の点滅(オン・オフ)が撮像画面上にバーコードのような明暗の縞模様として明瞭に現れる。この縞模様の1ラインが1回のサンプリングに相当し、1枚の画像から解像度の短辺画素数(数千サンプル)の情報を一度に取得できる。これにより、特別な高速カメラを使わずに、一般的なスマートフォンのカメラで毎秒18万回以上のサンプリングが可能となった[4]。
上述の通りラインスキャン・サンプリングを利用するためには露光時間を設定する必要があるが、本技術の開発当時はiPhoneのアプリでカメラの露光時間を任意に設定することはできなかった。そこで、パナソニック社は米Apple社へ本機能の公開を要求、翌年にはAPIが公開され、発売済みのiPhoneを含めて光ID技術の実装が可能となった[5]。
この技術は国際的にも応用されており、オランダのフィリップス(現シグニファイ)はラインスキャン・サンプリングを利用した可視光通信による屋内位置サービスとしてフランスのカルフールなどで店舗内の顧客ナビゲーションシステムを提供している[6]。また、米クアルコムもラインスキャン・サンプリングを利用した可視光通信による屋内測位サービス「Lumicast」をAcuity BrandsやGEと共同で展開し、米国大手小売りチェーンのターゲット等に導入されている[7]。
送信機
光IDの送信機には、変調機能を持つ様々なLED光源が利用できる。専用の変調機を接続することで、既存の照明器具や看板を光ID対応にすることも可能である[1]。 送信機は照明器具に限定されず、液晶ディスプレイのバックライトも利用できるため、光ID送信機能を内蔵したデジタルサイネージや、プロジェクタなども製品化された[8]。 また、直接的な光源だけでなく、LinkRay対応のスポットライトで物体を照らすことで、その反射光からでもID信号の受信が可能である。これにより、美術館の展示物や店内のポスターなど、それ自体が発光しない物体も間接的な送信機として機能させることができる。
通信プロトコル
ラインスキャン・サンプリングによる非連続な受信に対応するため、専用の通信プロトコルが開発された。
- IEC 62943:2017
- フォトセンサ用の可視光通信プロトコルであるJEITA CP-1223をベースに[9]、ラインスキャン・サンプリングが使用できるように拡張された第1世代のプロトコル。2017年に国際標準規格「IEC 62943:2017」として発行された[10]。
- IEEE 802.15.7-2018
- 第1世代の知見を基に、ラインスキャン・サンプリングに完全に最適化されたプロトコルとしてゼロから設計された。主な変調方式は「Mirror Pulse Modulation (MPM)」と呼ばれる[11]。このプロトコルは、IEEE 802委員会におけるワイヤレスパーソナルエリアネットワーク (WPAN)の標準化を進めるIEEE 802.15ワーキンググループで審議され、IEEE 802.15.7-2011の改訂版として国際標準規格化された[12]。
応用と利活用
他技術との比較と優位性
光IDは、QRコードやBluetoothビーコンといった既存技術と比較して、以下のような優位性を持つ。
- デザイン性:QRコードのような印刷物が不要なため、対象物の外観や景観デザインを損なわない。
- 高速・遠距離受信:ピント合わせが不要で、スマートフォンを光源に向けるだけで瞬時に受信が完了する。QRコードよりも遠くから受信することも可能である。
- 指向性と耐混信性:Bluetoothビーコンが周辺一帯に信号を発信するのに対し、光IDはカメラを向けた対象物からの情報のみを受信するため、複数の送信機が近接していても正確に対象を識別できる。
- セキュリティ:光は壁などを透過せず、容易に遮蔽できる。また、光信号の複製は困難なため、QRコードの貼り替えによるフィッシング詐欺などを防止することができる。
主な応用分野
光IDの特性は、特にAR技術と親和性が高く、従来の画像認識型ARが抱えていた課題(誤認識、動きのある物体や模様のない物体の認識困難、同一外観の物体の識別不可など)を解決できる[13]。これにより、多様な分野で新たなユーザー体験を創出する。
- 高精度な屋内測位とARナビゲーション:GPSが届かない屋内や地下街で、天井の照明から位置情報IDを受信し、ARによるナビゲーションを実現する。
- O2O (Online to Offline) マーケティング:店舗の看板や商品棚から、オンラインの商品詳細ページやクーポンへ誘導し、オンラインとオフラインを融合させた販促活動を促進する。
- 多言語対応:博物館の展示物や観光地の案内板にスマートフォンをかざすと、端末の言語設定に応じた解説を表示する。
- 2段階認証:決済用のQRコードと光IDを同時に読み取らせることで、コードの改ざんを検知し、セキュリティを飛躍的に向上させる。