光ID

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光ID(ひかりアイディー)は、パナソニックが開発した可視光通信技術[1]。スマートフォンのような民生用デバイスに搭載されている標準的なCMOSイメージセンサ(カメラ)を使い、特別な受信機を追加することなく高速な可視光通信を世界で初めて実用化した[2]

この技術を活用した情報配信ソリューションはLinkRay(リンクレイ)の愛称で事業展開されている[3]。LED照明やデジタルサイネージなどの光源から発信されるID信号を、専用のスマートフォンアプリで受信することで、利用者はウェブサイト、動画、ARコンテンツなど様々な情報を受け取ることができる[1]

光IDは、イメージセンサが画像を1ラインずつ時間差を置いて露光する「順次露光」の仕組みを利用し、人の目には見えない高速な光の点滅を画像上の縞模様として捉え、信号に変換する「ラインスキャン・サンプリング」技術を核としている[4]。これにより、従来の方式に比べて数千倍のサンプリング性能を実現し、アプリのインストールのみで高速な可視光通信サービスの利用を可能とした[2]。この技術は、現実空間の物体とスマートフォン、クラウドサーバーを連携させる新たなインターフェースとして、屋内ナビゲーション、多言語案内、販促プロモーションなど幅広い分野で活用されている。

技術原理

ラインスキャン・サンプリング

従来のカメラ受信型可視光通信は、サンプリング定理の制約により、カメラのフレームレートの半分以下の周波数の信号しか受信できなかった。一般的なカメラ(60fps)では信号周波数が30Hz以下に制限され、光の点滅が人間の目に知覚されてしまう上に、通信速度も極めて遅く、実用水準には達していなかった[2]

CMOS型のイメージセンサは、構造上、画像内のすべての画素を厳密に同じ時刻に撮影しているわけではない。露光(シャッター)は1ラインの画素ごとに順番に行われるため、撮影された画像には各ライン間にわずかなタイムラグが存在する(順次露光)。このため、一部の室内照明(100Hzや120Hzで点滅)の下で撮影すると、明るいタイミングと暗いタイミングで露光されたラインの輝度の差が縞模様として写り込むことがある。この現象はフリッカー現象と呼ばれ、通常は画質の劣化要因として補正技術の開発対象とされてきた。

光ID技術は、これまでCMOSイメージセンサの欠点と見なされてきたこのフリッカー現象を積極的に利用する。人間の目には見えない数kHz以上の周波数でLED光源を高速点滅させ、スマートフォンのカメラの露光時間(シャッタースピード)を点滅周期と同程度に短く設定する。すると、光源の点滅(オン・オフ)が撮像画面上にバーコードのような明暗の縞模様として明瞭に現れる。この縞模様の1ラインが1回のサンプリングに相当し、1枚の画像から解像度の短辺画素数(数千サンプル)の情報を一度に取得できる。これにより、特別な高速カメラを使わずに、一般的なスマートフォンのカメラで毎秒18万回以上のサンプリングが可能となった[4]

上述の通りラインスキャン・サンプリングを利用するためには露光時間を設定する必要があるが、本技術の開発当時はiPhoneのアプリでカメラの露光時間を任意に設定することはできなかった。そこで、パナソニック社は米Apple社へ本機能の公開を要求、翌年にはAPIが公開され、発売済みのiPhoneを含めて光ID技術の実装が可能となった[5]

この技術は国際的にも応用されており、オランダのフィリップス(現シグニファイ)はラインスキャン・サンプリングを利用した可視光通信による屋内位置サービスとしてフランスのカルフールなどで店舗内の顧客ナビゲーションシステムを提供している[6]。また、米クアルコムもラインスキャン・サンプリングを利用した可視光通信による屋内測位サービス「Lumicast」をAcuity BrandsGEと共同で展開し、米国大手小売りチェーンのターゲット等に導入されている[7]

送信機

光IDの送信機には、変調機能を持つ様々なLED光源が利用できる。専用の変調機を接続することで、既存の照明器具や看板を光ID対応にすることも可能である[1]。 送信機は照明器具に限定されず、液晶ディスプレイのバックライトも利用できるため、光ID送信機能を内蔵したデジタルサイネージや、プロジェクタなども製品化された[8]。 また、直接的な光源だけでなく、LinkRay対応のスポットライトで物体を照らすことで、その反射光からでもID信号の受信が可能である。これにより、美術館の展示物や店内のポスターなど、それ自体が発光しない物体も間接的な送信機として機能させることができる。

通信プロトコル

ラインスキャン・サンプリングによる非連続な受信に対応するため、専用の通信プロトコルが開発された。

IEC 62943:2017
フォトセンサ用の可視光通信プロトコルであるJEITA CP-1223をベースに[9]、ラインスキャン・サンプリングが使用できるように拡張された第1世代のプロトコル。2017年に国際標準規格「IEC 62943:2017」として発行された[10]
IEEE 802.15.7-2018
第1世代の知見を基に、ラインスキャン・サンプリングに完全に最適化されたプロトコルとしてゼロから設計された。主な変調方式は「Mirror Pulse Modulation (MPM)」と呼ばれる[11]。このプロトコルは、IEEE 802委員会におけるワイヤレスパーソナルエリアネットワーク (WPAN)の標準化を進めるIEEE 802.15ワーキンググループで審議され、IEEE 802.15.7-2011の改訂版として国際標準規格化された[12]

応用と利活用

他技術との比較と優位性

光IDは、QRコードやBluetoothビーコンといった既存技術と比較して、以下のような優位性を持つ。

  • デザイン性QRコードのような印刷物が不要なため、対象物の外観や景観デザインを損なわない。
  • 高速・遠距離受信:ピント合わせが不要で、スマートフォンを光源に向けるだけで瞬時に受信が完了する。QRコードよりも遠くから受信することも可能である。
  • 指向性と耐混信性Bluetoothビーコンが周辺一帯に信号を発信するのに対し、光IDはカメラを向けた対象物からの情報のみを受信するため、複数の送信機が近接していても正確に対象を識別できる。
  • セキュリティ:光は壁などを透過せず、容易に遮蔽できる。また、光信号の複製は困難なため、QRコードの貼り替えによるフィッシング詐欺などを防止することができる。

主な応用分野

光IDの特性は、特にAR技術と親和性が高く、従来の画像認識型ARが抱えていた課題(誤認識、動きのある物体や模様のない物体の認識困難、同一外観の物体の識別不可など)を解決できる[13]。これにより、多様な分野で新たなユーザー体験を創出する。

  • 高精度な屋内測位とARナビゲーションGPSが届かない屋内や地下街で、天井の照明から位置情報IDを受信し、ARによるナビゲーションを実現する。
  • O2O (Online to Offline) マーケティング:店舗の看板や商品棚から、オンラインの商品詳細ページやクーポンへ誘導し、オンラインとオフラインを融合させた販促活動を促進する。
  • 多言語対応:博物館の展示物や観光地の案内板にスマートフォンをかざすと、端末の言語設定に応じた解説を表示する。
  • 2段階認証:決済用のQRコードと光IDを同時に読み取らせることで、コードの改ざんを検知し、セキュリティを飛躍的に向上させる。

主な導入事例

  • OSAKA UMEDA ARナビ:大阪・梅田の地下街において、利用者を目的地まで案内するARナビゲーションサービス[14][15]
  • パナソニックミュージアム:展示物の解説を多言語で提供[16]
  • 羽田空港、東京ビッグサイト等:交通案内サイネージにて、多言語情報を提供[17]

参考文献

脚注

関連項目

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