光国寺
From Wikipedia, the free encyclopedia
位置
北緯35度24分28.1秒 東経136度45分38.3秒 / 北緯35.407806度 東経136.760639度座標: 北緯35度24分28.1秒 東経136度45分38.3秒 / 北緯35.407806度 東経136.760639度
山号
大応山
宗旨
臨済宗
| 光国寺 | |
|---|---|
|
| |
| 所在地 | 岐阜県岐阜市加納西広江町2-28 |
| 位置 | 北緯35度24分28.1秒 東経136度45分38.3秒 / 北緯35.407806度 東経136.760639度座標: 北緯35度24分28.1秒 東経136度45分38.3秒 / 北緯35.407806度 東経136.760639度 |
| 山号 | 大応山 |
| 宗旨 | 臨済宗 |
| 宗派 | 妙心寺派 |
| 本尊 | 釈迦如来 |
| 創建年 | 慶長19年(1614年) |
| 開基 | 亀姫(盛徳院) |
| 札所等 | 岐葉二十一大師1番 |
| 文化財 | 絹本著色亀姫像(市指定) |
| 法人番号 | 9200005000553 |
光国寺(こうこくじ、光國寺)は、岐阜県岐阜市加納西広江町にある臨済宗妙心寺派の寺院[1]。山号は大応山[1]。本尊は釈迦如来[1]。岐葉二十一大師第1番札所。徳川家康の長女亀姫(盛徳院)の菩提寺である。
近世
慶長19年(1614年)、亀姫(盛徳院)は自身の菩提所として発願するが、同年に三男の奥平忠政が急逝したため、その法号に因んで光国院(後に光国寺)と名付けた[2]。開山は名古屋城下にある總見寺2世住持の梁南大和尚[1]。以降、数代に渡って總見寺の歴代が住持を務めた。
寛永2年(1625年)に亀姫が没すると、荼毘に付して寺の隅に葬った。徳川家ゆかりの寺院として、家紋瓦に三つ葉葵の紋章が使われている。元和6年(1620年)、本寺と同じく梁南禅棟を開山として妙心寺塔頭の光国院が創建された。奥平忠政の法号から院名を採った奥平氏ゆかりの寺である。
近代・現代
かつては広い寺域を有していたが、名鉄岐阜駅の整備に伴い境内地が削られている。1942年(昭和17年)に本堂の改築に着工したが、太平洋戦争中の1945年(昭和20年)7月9日には岐阜空襲によって堂宇や寺宝が焼失した[1]。数年後には本堂や庫裏が再建された[1]。
境内
文化財
市指定文化財
- 絹本著色亀姫像 - 1983年(昭和58年)10月13日、岐阜市指定文化財に指定された[3]。
