光安義光

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光安 義光(みつやす よしみつ、1919年大正8年)1月8日 - 1999年平成11年)4月11日)は日本の建築家兵庫県庁舎などモダニズムの作品を残した。位階正五位

経歴

福岡県出身。1942年、東京工業大学建築科卒業。召集を受け、ビルマ戦線で終戦を迎え、捕虜生活となる。日本に帰還後、1948年に兵庫県庁入り。1950年に営繕課へ配属され、以後、県庁舎や県立近代美術館の設計に当たる。1970年に退職し、明石工業高等専門学校教授。1979年、同校を辞し、光安建築設計事務所を開設する[1]。兵庫県建築設計監理協会会長などを務めた。1999年死去。死没日付をもって正五位に叙された[2]

作品

著書

  • 『わすれがちな設計のポイント』 (相模書房、1980年)
  • 『設備技術者のための建築再入門』 (学芸出版社、1981年)

文献

  • 『知られざる建築家 光安義光』(青幻舎、2000年)

注釈

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