光恩寺 (豊田市)
豊田市にある寺院
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歴史
創建
鎌倉時代初期、鈴木七郎重善は源義経に臣従するために奥州に向かったが、三河国矢作で脚疾に罹って休養中に義経討死の報を受けた[1]。鈴木氏は加茂郡高橋荘(現豊田市)に土着し、碧海郡竹村で光恩寺の開基となった[1]。このため三河鈴木氏と縁が深く、鈴木山を山号としている。
真宗改宗後
開山当初は天台宗の寺であったが、了教(年代不詳)の時に浄土真宗に改宗した。
天保年間(1831年~1845年)、了観の時に現在の本堂に改築された。この頃、三河国碧海郡(現碧南市)の西端藩との繋がりから紫幕及び屋根瓦に本多家の立ち葵紋の使用を許されている。
近世
安政年間(1854年~1860年)から1872年(明治5年)までの間、了観による寺子屋「呉竹園」が開かれていた。1885年(明治18年)、堂宮大工の小野田又蔵によって山門が建築された[2]。
現代
1953年(昭和28年)5月26日には竹村保育園が開園し、1955年(昭和30年)5月5月31日までは光恩寺内にあった[3]。1991年(平成3年)、了淳により本堂の大改修が行われた。
