児島康宏

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1976年2月18日に福井県坂井郡金津町(現在のあわら市)で誕生。1994年3月に福井県立高志高等学校を卒業[2]。1994年4月から1998年3月まで東京大学文学部で一般言語学を学び、続いて1998年4月から2006年3月まで同大学大学院人文社会系研究科に在籍した(単位取得退学[3]

東京大学在学中にジョージア語に興味を持ち、ハワード・アロンソングルジア語版の教材をもとに独学でジョージア語を習得した[4]。その後、神奈川県の平塚市でジョージア人の家族と知り合い、週に一度通ってジョージア語の学習を続けた[5][6]

初めてジョージアを訪れたのは1998年の夏であり、トビリシ国立大学留学生向けサマースクール英語版で学ぶために1か月半滞在した。2回目は1999年であり、同じく短期間の滞在であった[4]

2000年、児島は文部科学省のアジア諸国等派遣留学生制度に合格し[6]トビリシに渡航した[7]。児島は2002年までトビリシ国立大学大学院でコーカサス諸語を学び[8]カルトリ語のほかにメグレル語ラズ語スヴァン語を習得した[9]。また同時に、同大学で講師として日本語を教えた[2]

2013年3月から2018年3月まで在ジョージア日本国大使館に専門調査員として勤務[10]

児島は日本において長年にわたりジョージアの文化グルジア語版の普及に積極的に取り組んでおり[11]、2009年4月から東京外国語大学ジョージア語の非常勤講師を務めている[2][12]

翻訳活動

翻訳活動にも積極的に取り組んでおり、ジョージア語から日本語、また日本語からジョージア語へ翻訳を行っている(刊行したジョージア語から日本語訳は下記)。代表作の『ヴァジャ・プシャヴェラ作品集』は、叙事詩『アルダ・ケテラウリグルジア語版』『客と主人グルジア語版』『蛇を食う者グルジア語版』と散文の短編『仔鹿の物語グルジア語版』『ヤマナラシの木グルジア語版』『カケスの結婚式グルジア語版』を日本語訳し、一冊の本にまとめたものである[13]

またノダル・ドゥンバゼの『僕とおばあさんとイリコとイラリオングルジア語版[14]ラシャ・タブカシヴィリグルジア語版の『さらば、貴婦人よ!グルジア語版』(2006年)、ゴデルジ・チョヘリグルジア語版の『忘却の川グルジア語版』を訳している。

2011年には日本語で執筆したジョージア語の教科書『ニューエクスプレスプラス グルジア語』(白水社)を出版した[15]

日本語訳

私生活

注釈

外部リンク

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