児玉盛介
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波佐見町は長年、有田焼の下請け産地として栄えてきた。児玉の父が1946年に創業した西海陶器も、波佐見町で作られた陶磁器を「有田焼」として全国に卸す商社として発展し、盛介の代には国内陶磁器の約17%を扱うまでに成長した。
しかし、2002年に発生した牛肉の産地偽装事件をきっかけに、地域ブランドの表示基準が厳格化されると、波佐見町は「有田焼」の名称を使えなくなる事態に直面する。これを契機に、児玉は町内の窯元や商社と連携し、「波佐見焼」という独自ブランドの確立に踏み切った。地域一体となったブランド戦略により、波佐見焼は全国的な認知を獲得し、現在では国内外で高い評価を受けるまでに成長した[4]。
また、製陶所跡地を再活用し、観光複合施設「西の原」を創設。カフェや雑貨店などを配置した空間づくりを行い、年間16万人が訪れる地域の観光拠点とした[5]。