入澤孝一
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群馬県立渋川高等学校普通科、中京大学体育学部に学ぶ。中京大から学士(体育学)を受ける[1]。
大学を出た後教師になり、群馬県吾妻郡嬬恋村立西中学校、群馬県立嬬恋高等学校に赴任。嬬恋高校スケート部監督として冬季インターハイで大会史上初の男女総合優勝を達成。高強度間欠的トレーニング(タバタトレーニング)をいち早く実践し[4]、冬季五輪メダリストの黒岩彰、黒岩敏幸らを世界的選手に育てた。群馬県立長野原高等学校校長も務めた。宮崎守、熊川輝男らとともに嬬恋スケートクラブでも指導にあたり、スケート王国嬬恋の礎を築いた。1980~1990年代に日本スピードスケートナショナルチームのヘッドコーチを務めた[5]。1992年アルベールビル五輪ではスピードスケート女子1500メートルで橋本聖子が銅メダルを獲得した際、橋本と肩を組んで喜んだ逸話も残る[6]。
1984年、日本体育協会の指導者研修でノルウェーにコーチ留学[5]。
1998年、長野オリンピックでは運営役員を務める。
その後、高崎健康福祉大学教授となり、スケート部監督に就任。佐藤綾乃、新浜立也、酒井寧子、山田和哉、小野寺優奈、樋沙織ら世界で活躍する選手を多数育てた[7]。2015年~2018年までインカレ女子4連覇。
2018年、平昌オリンピックで教え子の佐藤綾乃が金メダルを獲得。佐藤への指導を讃えられ、群馬県スポーツ功労賞を受ける[8]。