読売新聞社は1948年から全日本選手権戦を主催しており、1950年からは全日本選手権戦内の下位棋戦として九段戦を開催していた。
読売新聞はさらなる将棋界への進出を目指し、1952年に「全日本選手権戦と並ぶ二大行事」と銘打って全八段戦を新設した。読売新聞の紙面には全日本選手権戦(九段戦)と全八段戦の棋譜を交互に掲載するようになった。
出場資格は、当時の最高段位であった八段の全棋士であり、トーナメント方式で争われた。1954年からは決勝戦で三番勝負が行われた。
1956年に全日本選手権戦が改組され、新たな九段戦となったのに併せて、全八段戦もこれに統合され、消滅した。