全米オープン (テニス)
アメリカで開催されるテニスの国際大会
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全米オープン(ぜんべいオープン、英語: US Open Tennis Championships, US Open)は、アメリカ・ニューヨーク市郊外にあるフラッシング・メドウズのUSTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニス・センターを会場として、毎年8月の最終月曜日から2週間の日程で行われるグランドスラム大会(4大大会)の一つである。主催および運営は全米テニス協会(USTA)[1]。

クレー / 屋外 (1975–1977)
ハード / 屋外 (1978–現在)[注 1]
歴史
全米オープンの歴史は1881年に全米選手権の第1回がアマチュア大会として開催された事に始まる。出場資格はアメリカ・ナショナル・ローンテニス協会に加盟するテニスクラブ会員にのみ与えられ、男子シングルス部門と男子ダブルス部門が行われた。その後、全米女子選手権が1887年にフィラデルフィア・クリケット・クラブで開催され、1889年に女子ダブルス部門を、1892年には混合ダブルス部門を追加しながら開催地を転々とする。1942年、第二次世界大戦の影響を受けて5部門の会場をニューヨーク・クイーンズ区のフォレストヒルズ(Forest Hills)にあるウェストサイド・テニスクラブにまとめられ、終戦後の1947年以降は各部門の会場が全米に散らばった。
1968年、全米選手権にプロ選手への開放を示すオープン化措置が実施され、全米オープンが誕生した。この大会から会場が再びウェストサイド・テニスクラブにまとめられ、以降5部門共催が続く。1975年、イレギュラーバウンドが不評であった天然芝コートが、Har-Tru グリーンクレー(緑土、アメリカンクレー)コートに変更された。
やがて、年々増加する観客の収容にウェストサイド・テニスクラブが対応しきれなくなり、全米テニス協会は会場の移転を決断。当時、協会会長を務めていたウィリアム・ヘスター(William Hester)の命を受けて、1977年にニューヨーク・クイーンズ区のフラッシング・メドウにUSTAナショナルテニスセンターを建設。サーフェスもクレーコートからハードコートに変更した上で翌1978年に会場を移転した。
1997年、USTAナショナル・テニス・センターに、新しく2万人以上を収容できる世界最大のテニス・スタジアムが建設され、全米オープン初代優勝者の名を取ってアーサー・アッシュ・スタジアムと命名された。1996年までセンター・コートとして用いられたコートにはルイ・アームストロング・スタジアムと名付けられた。

2016年はアーサー・アッシュ・スタジアムに開閉式屋根が設置され、新たに8,125人を収容するグランドスタンドが建設された[2]。大会終了後、ルイ・アームストロング・スタジアムと古いグランドスタンドは解体された[3]。2018年には14,000席を擁するルイ・アームストロング・スタジアムが完成した[4]。
1978年以来サーフェスはデコターフ (en:DecoTurf) を採用していたが、2020年にレイコールド (en:Laykold) に変更。加えて同年はCOVID-19の影響により、無観客で行われた[5]。
2025年は混合ダブルスを独立、またほかイベントも全豪全仏同様15日間開催に変更予定[要出典]。
過去10年のシングルス優勝者
| 年 | 男子 | 女子 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2016 | ワウリンカは初優勝。 ケルバーは初優勝。 | ||
| 2017 | ナダルは4年ぶり3回目の優勝。 スティーブンスは4大大会初優勝。 | ||
| 2018 | ジョコビッチは3年ぶり3回目の優勝。 大坂が日本選手初となるシングルスでの4大大会優勝[6]。 | ||
| 2019 | ナダルは2年ぶり4回目の優勝。 アンドレースクは4大大会初優勝。 | ||
| 2020 | ティームは4大大会初優勝。 大坂は2年ぶり2回目の優勝 | ||
| 2021 | メドベージェフは4大大会初優勝。 ラドゥカヌは予選から出場しての優勝。 | ||
| 2022 | アルカラスは4大大会初優勝。 シフィオンテクは初優勝。 | ||
| 2023 | ジョコビッチが男女通じて歴代最多タイの24回目のグランドスラム優勝。 ガウフは4大大会初優勝。 | ||
| 2024 | シナーは初優勝。 サバレンカは初優勝。 | ||
| 2025 | アルカラスは3年ぶり2回目の優勝。 サバレンカは連覇達成。 |
記録
優勝回数ランキング
太字は現役。