八幡 (江別市)
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歴史
石狩川と当別川の合流点付近であるこの一帯は、古くから好漁場として知られていた[1]。1874年(明治7年)ころから石狩の漁師である岡本久兵衛が、サケやマスの漁期になると通い漁を行い、2 - 3年のうちに定住したという[2]。また同時期には、下当別太の泉良吉が上当別太に漁場を有していたとの記録も残っている[2]。
1881年(明治14年)7月、屯田兵の入地にあたり篠津村が開かれる[2]。1886年(明治19年)で江別・野幌・篠津の3兵村への入地が完了し、下当別太は篠津兵村の、上当別太は野幌兵村の、それぞれ公有地となる[2]。1894年(明治27年)に兵村地域の測量が終結し、残った土地への一般入植がはじまったほか、後には兵村公有地も貸与や売却の対象となった[2]。
1895年(明治28年)、西脇善太郎・武田石太郎・武田高藏・松下伝八らによって一帯の開拓が始まる[1]。
1906年(明治39年)4月、江別・野幌・篠津の3兵村が合併して、新しい江別村となる[2]。
1933年(昭和8年)9月、篠津小学校浦篠津分教場が開設される[2]。
