八木町 (京都府)
日本の京都府船井郡にあった町
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八木町(やぎちょう)は、2005年12月31日まで京都府の中央部に存在した町である。
| やぎちょう 八木町 | |||||
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八木町を流れる桂川(大堰川) | |||||
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| 廃止日 | 2006年1月1日 | ||||
| 廃止理由 |
新設合併 園部町、八木町、日吉町、美山町 → 南丹市 | ||||
| 現在の自治体 | 南丹市 | ||||
| 廃止時点のデータ | |||||
| 国 |
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| 地方 | 近畿地方 | ||||
| 都道府県 | 京都府 | ||||
| 郡 | 船井郡 | ||||
| 市町村コード | 26402-4 | ||||
| 面積 | 49.56 km2 | ||||
| 総人口 |
8,869人 (2005年国勢調査) | ||||
| 隣接自治体 | 京都市、亀岡市、日吉町、園部町 | ||||
| 町の木 | 平成桜 | ||||
| 町の花 | ハナショウブ | ||||
| 他のシンボル |
町の鳥:セキレイ 町の虫:ホタル 町の魚:アユモドキ | ||||
| 八木町役場 | |||||
| 所在地 |
〒629-0198 京都府船井郡八木町大字八木小字東久保29-1 | ||||
| 座標 | 北緯35度04分14秒 東経135度31分56秒 | ||||
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| ウィキプロジェクト | |||||

町の中央に大堰川が流れ、そこに広がる平野部を中心に農業などが行われている。鮎釣りや松茸狩り、パラグライダーなどのレジャーススポットがある。『ひとが輝く 自然と環境のまち』が目標として定められている。
2006年1月1日に周辺4町が合併して南丹市となり、地方公共団体としての八木町は歴史の幕を閉じた。現在は南丹市の行政区の地名として残されている。
地理
- 山: 紫雲山
- 河川:桂川(大堰川(おおいがわ))
生態
歴史
八木町の歴史は古く、古代から地方豪族の古墳が多数作られ、645年頃、在桑田郡行程上一日下半日の地(現在の北屋賀か)に丹波国国府が置かれたと言われている。
中世には、吉富荘と船井荘の荘園が存在し、1180年頃、神護寺を復興した文覚上人が吉富荘室橋に文覚池を造った。
室町時代初頭、内藤季継が足利尊氏より桑田、船井を授けられ、八木城を築城し、さらに室町時代中期、丹波の守護細川勝元は、八木城を修築し、守護代内藤氏をして丹波の防衛を堅めさせた。
安土桃山時代ころから大堰川の舟が盛んになり、鳥羽が重要な港のひとつとされるに至った。 江戸時代になると、角倉了以が大堰川をひらき嵯峨に通じる水路を開通させた。鳥羽は中継地となり木材、米、塩の類埠頭に集散する市場となった。
1660~70年ごろ、八木城周辺から、今の街の位置へ移り住む様になり、現在の八木の街が形成され始めた。
沿革
行政
歴代町長(合併後)
- 第1代 - 浅田信夫、1951年~1959年
- 第2代 - 八木俊二、1959年~1961年
- 第3代 - 中西栄一、1961年~1962年
- 第4代 - 八木俊二(二期目)、1962年~1963年
- 第5代 - 石川三男、1963年~1967年
- 第6代 - 中川平一郎、1967年~1978年
- 第7代 - 細見健、1978年~1992年
- 第8代 - 中川泰宏、1992年~2002年
- 第9代 - 岸上吉治、2002年~2006年
経済
交通
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 大送神社の綱引き(毎年1月17日)
