八木逸郎
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大和国奈良出身。八木重義の長男[3][8]。大阪医学専門学校で学んだ後、東京帝国大学医科大学別科を卒業[5]。その後、ドイツに留学し、ロストック大学を卒業し、ドクトルメジチーネの学位を授けられた[5][9]。
帰国後、静養する[4]。東京帝国大学医科大学附属第一医院副手となるが[1][2]、間もなくこれを辞して奈良に帰る[5]。医業に従事する[2]。奈良町会議員、奈良市会議員、奈良県会議員、同参事会員、添上郡会議員に挙げられる[2]。
1908年の第10回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。立憲政友会[7]、政友本党、立憲民政党に所属。その他、奈良市医師会会長、奈良県医師会会長、日本医師共済生命保険相互会社専務取締役などを務めた[2]。
墓所は多磨霊園(21-1-6)。
