1772年(明和9年)7月20日の豆田の大火に類焼して縁起や古記録を失ったため、詳細な由来は不明。この地域で古くから信仰されていた社が、宝永年間(1704年 - 1710年)に現在地に遷座したものと考えられている。1864年(元治元年)に描かれた広瀬本豆田町古絵図には「山本院」に付属して「祇園社」とある。
1714年(正徳4年)に山鉾の奉納を始め、これにより隈八坂神社および竹田若八幡宮との3社による日田祇園祭の原型が整った。現在の曳山行事は、当神社と中城お旅所の間を概ね環状に巡行している。
1873年(明治6年)に村社に列した。