八雲神社 (足利市)
足利市にある神社
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足利市内に現存する八雲神社は以下の5社である。
- 八雲神社(やぐもじんじゃ) - 足利市緑町1-3776に鎮座。八雲神社 (足利市緑町)で述べる。
- 八雲神社(やぐもじんじゃ) - 足利市大門通2379-2に鎮座。八雲神社 (足利市大門通)で述べる。
- 八雲神社(やぐもじんじゃ) - 足利市通5-2816に鎮座。八雲神社 (足利市通)で述べる。
- 八雲神社(やぐもじんじゃ) - 足利市田中町193に鎮座。
- 八雲神社(やくもじんじゃ) - 足利市五十部町130に鎮座。同市緑町の八雲神社から分祀により創建。
八雲神社 (足利市緑町)
八雲神社(やぐもじんじゃ)は、栃木県足利市緑町にある神社。素盞嗚男命を主祭神とし、大己貴命、少彦名命、火具土命を配祀している[2]。過去には、通の八雲神社を牛頭天王下社と呼んだのに対し、当社を牛頭天王上社と称した[3]。
歴史
社伝によると、貞観11年(869年)に清和天皇の勅定により素盞嗚男命他二神を祀ったのが始まりという[4]。一方で、日本武尊が東征の際に出雲大社を勧請したという伝承もある[2][1]。平将門の乱の際には藤原秀郷が戦勝祈願し、前九年の役および後三年の役の際には源頼義と源義家が戦勝祈願している[2][1]。秀郷は将門討伐後に当社に神馬と太刀を寄進した他、足利郡と新田郡を神領として寄進している[4]。
また、寛仁3年(1019年)から治承3年(1179年)まで当社に例幣使が派遣された[2]。応徳元年(1084年)には源義国によって足利郡と梁田郡の総鎮守とされ[2][1]、義国は太刀を寄進した[1]。
1877年(明治10年)、天神社境内に社殿を移転した[5]。以前の鎮座地は渡良瀬川の氾濫に遭うため、高台の天神社境内に移転したのである[6]。
2012年(平成24年)12月9日午前3時25分頃、出火し社殿を全焼した[7][8]。
2015年(平成27年)2月20日、八雲神社は内宮別宮の月讀荒御魂宮から式年遷宮の古材を譲り受け社殿を再建することを発表した[9]。2017年(平成29年)12月9日、社殿の再建に伴う神事が行われた[10]。月讀尊が新たに合祀された[11]。
神鏡
当社には直径55センチ、重さ18.7キロの「牛頭天王の神鏡」が伝わっている[12]。元禄8年(1695年)、社殿改築の際に奈良、平安時代の古銭が出土[12]。この地の領主の本庄宗資は古銭から5つの神鏡を鋳造させ、そのうち4つを皇大神宮、鹿島神宮、若宮八幡宮社、護国寺に奉献した[12]。残る1つが当社に伝わる神鏡であり足利市指定文化財であるが[12]、平成24年の火災により焼失している[7][8]。
祭事
主な祭事は以下の通り[12]。
登場作品
- 「渡良瀬橋」
