其田事務所
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1967年、文学座に所属していた其田則男と石立鉄男の2人で其田事務所を興す。当初は石立のプロデュースやマネージメントに特化していたが、石立の露出が増えるに従って他の俳優も招き入れ、業務を拡大した。大映テレビやユニオン映画と関係が深く、同社が制作するドラマに所属俳優が積極的に起用された。
1980年には「本格的に女優の仕事がしたい」と宍戸錠率いるP&M事務所から夏目雅子が移籍し、さらに1984年には元宝塚歌劇団の北原遥子が所属した。しかし、1985年に北原と夏目を相次いで亡くした[1]。
1990年代に入ると、徐々に経営が下降線をたどり、所属俳優も次々と離れる。其田は「石立のプロデュースは他の人には絶対に出来ないよ、自分しかいない」との自負から、1999年に渋谷区恵比寿のオフィスを手放してもなお事業を続けていた。
2003年、高齢化と健康上の理由から其田が芸能界を引退し、これにともなって其田事務所も閉鎖した。石立はフリーを経て、2005年に其田と親交が深かった鈴木とし江事務所へ移籍した。[2]