内川芳美
日本の教員
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人物
佐賀県生まれ。1948年、東京大学法学部を卒業し、大学院(旧制)に進んで岡義武に師事した[2]。1949年5月31日に東京大学新聞研究所が設立された後、8月30日付で助手に採用され、以降、1954年に助教授、1964年に教授と昇任した。1971年から1974年まで、新聞研究所所長も務め、1987年に定年退官した[6]。退官後は、東京大学名誉教授の称を受けるとともに、成蹊大学文学部教授となり、文学部長[5]を務めた後、1995年に退職[7]。
研究職の傍ら、映画倫理管理委員会委員、放送文化基金理事[8]、日本放送協会監事[7]などの公職も務めた。
内川の死後、日本マス・コミュニケーション学会は、遺贈された資金により「内川芳美基金」を設け[3]、優れたマス・メディア研究の著作を対象に、2007年度から隔年で「内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞」を贈っている[9]。